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認知症になったモンテッソーリ教育の先駆者――今度は「モンテッソーリケア」が彼女を支えた

Photo: Syrupisbetterthanjelly / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

ノルウェーでモンテッソーリ教育を広めるために、長い年月を費やした一人の女性がいました。

Judith Hansteen(ジュディス・ハンスティーン)。愛称はJudy。

教師を育て、学校をつくり、子どもたちとともに教室で過ごし、ノルウェーにモンテッソーリ教育を根づかせようと奔走した先駆者の一人です。

ところが人生の後半、Judy自身が認知症と失語症とともに暮らすようになります。

そして、ここから彼女の人生に不思議な巡り合わせが起こります。

生涯をかけて子どもたちに伝えてきたモンテッソーリが、今度は「モンテッソーリケア」として、彼女自身を支えることになったのです。

認知症ケアの施設で眠っていたJudy

この物語を書いたのは、AMI Montessori for Dementia, Disability and Ageing(MDDA)のAuxiliary Trainer、Carolyn Magnussen(キャロリン・マグヌッセン)氏です。

記事は、Carolyn氏がオスロの高齢者施設Hovseterhjemmetを訪れる場面から始まります。

認知症の人が暮らすセキュアユニットのリビングルームで、Judyはうとうとしていました。

Carolyn氏はそばにしゃがみ、膝にそっと手を置いて声をかけます。

Judyは目を開き、驚いたように笑います。

そして二人は外へ散歩に出ました。

Judyはこの頃も身体的にはしっかりしていて、足取りも速かったそうです。暖かな夏の日、二人はアパートの間の小道を手をつないで歩きます。

Carolyn氏が道端で野いちごを見つけて摘み、Judyの開いた手のひらに置くと、彼女は一粒ずつ食べました。

何気ない散歩の場面です。

しかし、この二人の間には35年にわたるモンテッソーリの歴史がありました。

35年前、JudyがCarolyn氏に開いた「扉」

Carolyn氏がモンテッソーリの世界へ入ったきっかけの一つをつくったのが、Judyでした。

約35年前、Carolyn氏はJudyが運営に関わっていたSt. Nicholasの通信講座を受講しました。当時、ノルウェー・モンテッソーリ協会は国内にモンテッソーリ教師養成を確立しようと活動していました。

そしてCarolyn氏に、オスロで新しく始まったモンテッソーリ幼稚園Casa dei Bambiniの仕事を電話で知らせたのもJudyでした。

その機会は、後にTIES(The Institute of Educational Studies)によるモンテッソーリ教師養成へとつながります。

二人はその開拓期に一緒にTIESのモンテッソーリトレーニングを修了し、その後、10年以上にわたり同じ教室で一緒に働きました。

「教える」のではなく、モンテッソーリを生きていた教師

Carolyn氏は、Judyの教師時代を象徴するエピソードを紹介しています。

あるとき、教室にある大きく汚れたカーペットをどうすれば自分たちで掃除できるのかを考えるため、Judyは子どもたちを金物店へ連れていきました。

また別の日には、子どもたちが自分の縄跳びを作れるように、クラスメートの身長を測ってから店へ行き、必要な長さのロープを購入しました。

子どもたちに答えを与えるのではなく、実際の生活の中で考え、必要なものを調べ、自分たちで行動する。

Carolyn氏は、そんなJudyについて、

「ただモンテッソーリを教えていたのではなく、モンテッソーリを生きていた教師だった」

という趣旨で振り返っています。

ノルウェー初のモンテッソーリスクールをつくるために

当時のノルウェーで、モンテッソーリ教育を広めることは簡単ではありませんでした。

Judyたちはスウェーデンまで出向き、教師養成コースを宣伝し、公立学校の教師たちとも話し合いを重ねました。しかし、必ずしも歓迎されたわけではありません。

1986年には、公立のHuseby Schoolで11人の子どもによるモンテッソーリの1年生クラスが始まりました。

しかし問題が起こります。

モンテッソーリクラスでは3時間の中断されないワークサイクルを大切にしている一方、他のクラスでは一日に何度も休み時間のベルが鳴ります。

同じ学校の中でモンテッソーリ環境を維持することには無理がありました。

「それなら、学校そのものをモンテッソーリにするしかない」

JudyはKarin Tidemand、Merete Nergaardらと協力し、資金や校舎を探し、オスロで説明会を開きました。

1989年10月の「Montessorinytt」には、

「1990年秋にオスロで開校する私立モンテッソーリ小学校に関心のある方はJudith Hansteenまで」

という小さな告知が掲載されています。

こうした地道な活動が、現在ノルウェー各地にあるモンテッソーリスクールの礎になったと、Carolyn氏は記しています。

そして数十年後、立場が逆になった

そんなJudyが、認知症と失語症とともに暮らすようになりました。

Carolyn氏によれば、Judyは多くのことを理解していましたが、言いたい言葉を見つけることが難しくなっていました。代わりに、小さな音を繰り返して気持ちを表現することが多くなっていました。

Carolyn氏に連絡したのは、Judyの夫Arneでした。

ArneはCarolyn氏が行ったMontessori for Dementia, Disability and Ageing(MDDA)の短い紹介ワークショップに参加します。

終了後、目を潤ませながら尋ねました。

「なぜ、これが全国の認知症病棟で行われていないのでしょう?」

そこでArneとCarolyn氏は、まずJudyのためにできることを始めます。

Carolyn氏がHovseterhjemmetを訪れ、週に数時間、Judyと一緒に過ごすことになりました。

Judyが人生で愛したものは「家族、モンテッソーリ、そして……」

Carolyn氏はArneに尋ねました。

「Judyが人生で一番情熱を注いできたものは何ですか?」

Arneは迷わず、

「家族とモンテッソーリ」

と答えます。

そして少し間を置いて、もう一つ付け加えました。

「……それと、Dolly Parton(ドリー・パートン)」。

ここからCarolyn氏は、一般的な「高齢者向けレクリエーション」をJudyに与えるのではなく、Judyという一人の人間がこれまで何を愛し、何をして生きてきたのかを手掛かりに活動を考えていきます。

本物のティーポットでお茶を飲み、英語の詩を聴く

寒い冬の日。

二人は施設の2階にある誰もいないカフェテリアで、ティーパーティーをしました。

Carolyn氏が用意したのは、テーブルクロス、本物の磁器のティーポットとカップ、レモン、はちみつ、小さなビスケット、果物。

Judyも、できる範囲でテーブルを整えることに参加しました。

そしてCarolyn氏は英語の詩を持ってきました。

言葉を自由に話すことが難しくなっていたJudyでしたが、詩には注意深く耳を傾けました。

ある詩では厳かな表情になり、考え込むような顔をする。別の詩では声をあげて笑う。

言葉を発することが難しくなっても、言葉を味わい、感じる力まで失われたわけではありませんでした。

Dolly Partonが流れると、表情が変わる

そしてJudyが特に喜んだものがあります。

夫Arneが話していた、Dolly Partonです。

Dolly Partonのミュージックビデオを見ると、Judyは眉を感情豊かに上げ、歌詞やメロディーに合わせるように、そっと頭を動かしました。

「認知症の人だから何をさせるか」ではなく、「Judyだから何をするのか」

ここにモンテッソーリケアの大切な視点が見えてきます。

Judithが愛したDolly Parton。日本ではWhitney Houstonのカバーで広く知られる「I Will Always Love You」ですが、もともとはDolly Partonが作詞・作曲し、自ら歌った楽曲です。この曲は、長年ともに仕事をしてきたPorter Wagonerのもとを離れ、ソロ活動へ進む際に、感謝と別れの思いを込めて書かれました。奇しくも、この記事を記しているわずか2日前の2026年8月25日、Dolly Partonは80歳で亡くなりました。Judithが愛したDolly Partonを偲びながら、彼女自身が歌うオリジナル版を紹介します。

そして再び、モンテッソーリ教具に手を伸ばした

さらに印象的な場面があります。

Carolyn氏はJudyとメタルインセッツを使いました。

かつてモンテッソーリ教師として何度も扱ってきた教具です。

Judyは円の上に、丁寧な水平線を自発的に描き始めました。

その姿を見てCarolyn氏は、書くための技能がまだ彼女の中に残っていることを感じます。

失われたように見えていた力が、適切な環境と道具によってもう一度表に現れた瞬間でした。

モンテッソーリケアはJudyだけで終わらなかった

夫のArneは、こうした活動をJudyだけのものにしたくありませんでした。

そこでHovseterhjemmetのスタッフ向けワークショップと、病棟で数週間行うモンテッソーリを基盤とした活動の費用を提供しました。

施設では、さまざまな活動が始まります。

例えばみかんを搾ってフレッシュジュースを作る活動

それまでじっとしていた入居者の手が、みかんを搾るために動き始めます。そして自分たちで作ったジュースを味わい、笑顔を見せました。

別の日には、朝食後に4〜5人の女性がテーブルを囲み、そこへ子どもの服が入ったかごを置きました。

すると、細かな説明をしなくても、女性たちは小さなスカートやトップスを丁寧にたたみ始めました。

長い人生の中で何度も繰り返してきた、子どもの世話や衣類をたたむ動き。

Carolyn氏は、そこに手続き記憶(procedural memory)が呼び起こされていると説明しています。

さらに、認知症の人向けに写真の多い本や読みやすい本を集めた小さな図書スペースも設けられました。そこから入居者同士の会話や笑顔も生まれました。

「たまに活動する」だけではモンテッソーリケアにならない

Carolyn氏は、ここで重要な指摘もしています。

スタッフの中にはこうした考え方に共感し、自分たちでも活動を試した人がいました。

しかし、「ときどきモンテッソーリ活動をする」だけでは十分ではないとしています。

必要なのは、活動、選択、自立、尊厳を中心として、生活環境や施設全体の文化そのものを整えることです。

特別で高価な教具をそろえることでも、大幅に職員を増やすことでもありません。

環境をどう変えるのか。
その人を今いる場所からどう理解するのか。
まだ残っている力をどう引き出すのか。

そのための知識が必要なのだとCarolyn氏は書いています。

かつてJudyが開いた扉を、今度はCarolyn氏が開く

そして、この物語はさらに次の世代へつながります。

Carolyn氏はElisabeth Rydland氏とMontessori Care ASを設立。認知症とともに暮らす人が、食事や娯楽をただ待つのではなく、自分で選べる意味のある活動を持つことを目指した取り組みを進めています。

2025年には二人の知識と経験をまとめた実践書も出版されました。

さらにCarolyn氏はAMI MDDAのトレーナー資格を取得。ノルウェーでケアに携わる人たちへモンテッソーリの考え方を伝える側になりました。

昔の「Montessorinytt」を読み返したCarolyn氏は、Judyがかつて資格を持つモンテッソーリ教師を増やし、ノルウェーに教師養成を築こうと奔走していた姿に、自分自身を重ねます。

かつてJudyが教育の世界で行っていたことを、Carolyn氏は今、認知症ケアの世界で行っているのです。

2026年2月24日、Judith Hansteenは亡くなりました

Carolyn氏は、この文章の最後で初めてJudyの死を明らかにします。

Judith Hansteenは、2026年2月24日に亡くなりました。

だからこれは、「現在のJudy」を紹介する記事ではありません。

Carolyn氏がJudyの人生の最終段階で実際に一緒に過ごし、行ったモンテッソーリケアを振り返った記録です。

そしてCarolyn氏は、かつて若い教師だった自分に電話をかけ、一つの扉を開いてくれたJudyについて、今度は同じモンテッソーリが、人生の最後までJudyのための扉を開いてくれたのだと振り返っています。

人生を一周して、モンテッソーリが戻ってきた

子どもたちが自分で考え、自分で動き、自分の生活に参加できるようにする。

そんな教育をノルウェーに広めようと、人生をかけて活動してきたJudy。

そして認知症と失語症とともに生きるようになった人生の最後の時期。

今度は周囲の人たちが、

Judyにはまだ何ができるだろう。
Judyは何が好きだっただろう。
どうすればJudy自身が生活に参加できるだろう。

と考えました。

散歩をする。
野いちごを食べる。
テーブルを整える。
英語の詩を聴く。
Dolly Partonを楽しむ。
そして、もう一度メタルインセッツに触れる。

そこにあるのは、「認知症の高齢者に何をさせるか」という発想ではありません。

目の前にいるJudyという一人の人間を知り、その人の中に今も残っているものを大切にすること。

それは、Judy自身が長い教師人生の中で子どもたちに向け続けてきたまなざしでもありました。

モンテッソーリを伝え続けた人が、最後はモンテッソーリに支えられる。

Judith Hansteenの人生は、本当に一周してモンテッソーリへ戻ってきたのです。

参考資料

Association Montessori Internationale, Montessori for Dementia, Disability and Ageing(AMI MDDA)
Carolyn Magnussen, “Judith Hansteen – A Montessori Pioneer to the Very End”

AMI MDDA「A Montessori Pioneer to the Very End」

Association Montessori Internationale, Montessori for Dementia, Disability and Ageing
AMI Montessori for Dementia, Disability and Ageing 公式サイト

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