モンテッソーリは「裕福な家庭の教育」なの? 原点と世界の実践から考える

「モンテッソーリ教育」と聞いて、どんな場所を思い浮かべるでしょうか。
美しく整えられた教室。
木製の教具。
少人数の私立幼稚園や幼児教室。
そして、教育に熱心な家庭。
現在の日本では、モンテッソーリ教育にそんなイメージを持っている方も少なくないかもしれません。
しかし、モンテッソーリ教育の歴史を振り返ってみると、少し違った姿が見えてきます。
そして現在も世界では、十分な教育環境を得ることが難しい子どもたちのために、モンテッソーリの考え方を生かそうとする実践が行われています。
今回取り上げるのは、AMI(国際モンテッソーリ協会)の「AMI Research Threads」で紹介された、「Meeting Children in the Margins: A Grounded Theory Study of Montessori Education’s Global Reach」という研究です。
日本語にするなら、「社会の周縁にいる子どもたちと出会う――モンテッソーリ教育が世界でどのように広がっているのかを探った研究」といった内容です。
この研究から見えてくるのは、モンテッソーリ教育の意外なほどの「柔軟さ」です。
そもそもモンテッソーリ教育は、裕福な子どもたちから始まったわけではない
モンテッソーリ教育の最初の「子どもの家(Casa dei Bambini)」が開かれたのは、1907年1月6日。ローマのサン・ロレンツォ地区でした。
現在では世界中にモンテッソーリスクールがありますが、その始まりは、豪華な私立学校ではありません。
マリア・モンテッソーリがそこで出会ったのは、社会的・経済的に厳しい環境の中で暮らす子どもたちでした。
モンテッソーリは、子どもたちを一方的に「教えなければならない存在」として見るのではなく、環境を整え、子どもを観察し、子ども自身が活動できるようにしていきました。
そこから見えてきた子どもの姿が、その後のモンテッソーリ教育の発展につながっていきます。
つまり、その原点を考えると、モンテッソーリ教育は決して「恵まれた家庭の子どものためにつくられた教育」ではなかったのです。
ところが現在は「比較的恵まれた教育」というイメージも
AMI Research Threadsの論考でも、この点は率直に取り上げられています。
現在のモンテッソーリ教育は、特に世界の比較的豊かな地域に多く存在し、恵まれた教育環境と結びつけて捉えられることがあります。
一方、世界には今も、地理的な条件、経済的な困難、人種的な格差、発達上の事情などによって、十分な教育の機会を得にくい子どもたちがいます。
今回の研究では、そうした状況を「children in the margins(社会の周縁に置かれた子どもたち)」という表現で捉えています。
これは「その子どもたち自身に問題がある」という意味ではありません。
子ども自身ではなく、社会や地理、経済、制度などの条件によって、教育へのアクセスが難しくなっているという視点です。
そこで研究者たちは、こんな問いを立てました。
世界のさまざまな環境で、モンテッソーリ教育は実際にどのように使われているのだろう?
14か国のモンテッソーリ実践を調べた
この研究は、テストの点数などを比較する研究ではありません。
2019年から2022年にかけて行われた複数段階の調査を背景に、研究者たちは世界各地でモンテッソーリ教育に関わってきた実践者へのインタビューを分析しました。
対象となったのは、14か国で活動する31人の実践者。
インタビューは合計34回行われています。
研究者たちが知りたかったのは、大きく分けて3つです。
どこで(Where)モンテッソーリが使われているのか。
なぜ(Why)そこでモンテッソーリが必要とされたのか。
どのように(How)その土地に合わせて実践されているのか。
そこから浮かび上がってきたのは、「決められたモンテッソーリの形を、そのまま世界中へ持っていく」という姿ではありませんでした。
むしろ、それぞれの地域や子どもの状況に合わせながら、モンテッソーリの考え方を生かしていく姿でした。
学校が十分にない場所でも、モンテッソーリはできる?
世界には、私たちが想像するような「学校」をつくること自体が難しい地域があります。
遠隔地である。
十分な教育資源がない。
紛争などによって安定した教育環境を維持できない。
子どもが学校で使われる言語を母語としていない。
こうした条件では、一般的な学校制度をそのまま導入することが難しい場合があります。
今回の研究が注目したのが、モンテッソーリ教育の「適応できる力」でした。
異年齢で学ぶこと。
一人ひとりの発達に合わせて進められること。
自分で活動を選ぶこと。
手を使って学ぶこと。
そして、教師がその場の子どもたちに合わせて環境を準備すること。
こうした特徴は、必ずしも従来型の学校をそのままつくれない場所でも、教育環境を考えるための一つの枠組みになり得ると研究者たちは考えています。
「教具をそろえること」がモンテッソーリなのだろうか?
ここからが、この研究の特に面白いところです。
モンテッソーリ教育というと、「正しい教具」「正しい教室」「正しいやり方」を再現することが重要だと思われることがあります。
もちろん、モンテッソーリ教育には理論があり、教具にも目的があり、環境構成にも意味があります。何でも自由に変えてよいということではありません。
しかし、世界のすべての地域に、まったく同じ環境をそのまま持っていくことが、本当に「子どもに従う」ことなのでしょうか。
例えば、その土地の言語が違う。
文化が違う。
暮らし方が違う。
利用できる材料が違う。
子どもたちが生活の中で必要としていることも違う。
それなのに、外から完成された教育の形をそのまま持ち込み、子どもをそこへ合わせようとすれば、モンテッソーリが本来大切にしてきた「観察」と逆方向になってしまうかもしれません。
今回の研究では、モンテッソーリの基本的な考え方を保ちながらも、地域の状況や文化、そこで暮らす子どもたちの必要に応じて実践を調整している姿が見えてきました。
教育には「4つのA」が必要
AMI Research Threadsでは、この研究を読み解くうえで「4A」という考え方も紹介しています。
教育が本当に子どもに届くためには、単に「学校がある」だけでは十分ではないという考え方です。
Availability(利用できること)
そもそも教育の機会が存在すること。
Accessibility(アクセスできること)
経済、場所、差別などによって排除されず、子どもが実際に教育を受けられること。
Acceptability(受け入れられる教育であること)
教育の内容や質が、その子どもたちにとって意味のあるものであること。
Adaptability(適応できること)
子どもや地域、文化、社会の状況に合わせて教育が変化できること。
今回の研究で特に重要なのが、最後のAdaptability=適応できることです。
子どもを教育システムに合わせるのではなく、教育の側が、目の前の子どもに応じて変化できる。
これはモンテッソーリ教育を考えるうえでも、とても重要な視点です。
「何が正しいモンテッソーリなのか?」という難しい問い
一方で、柔軟に変えていけば、当然こんな疑問も出てきます。
「では、どこまで変えてもモンテッソーリなの?」
これは簡単には答えられない問題です。
AMI Research Threadsの論考でも、この研究から「何をもってモンテッソーリと呼ぶのか」という重要な問いが生まれることが指摘されています。
すべてを決められた形に統一すれば、地域の子どもたちに合わなくなる可能性があります。
反対に、何でも自由に変えてしまえば、モンテッソーリ教育としての核そのものが失われるかもしれません。
だからこそ重要になるのが、教具や教室の「見た目」だけではなく、その奥にある原則なのだと思います。
子どもを観察すること。
子どもの発達を理解すること。
自立へ向かう活動を保障すること。
子どもが主体的に活動できる環境をつくること。
そして、その子どもが生きている文化や社会を尊重すること。
形をそのままコピーするのではなく、「なぜこの環境を用意するのか」を理解することが重要になります。
では、モンテッソーリ教育は誰のためのもの?
今回の研究は、「モンテッソーリ教育を導入すれば、教育格差が解決する」と証明した研究ではありません。
研究者自身も、この研究は各モンテッソーリプログラムの学力成果や、モンテッソーリ教育としての忠実度を評価したものではないと明記しています。
今回わかったのは、世界のさまざまな条件の中で、実践者たちがモンテッソーリの考え方を使いながら、地域の子どもたちに合った教育環境をつくろうとしているということです。
そして、その多様な実践から、モンテッソーリ教育には異なる文化や社会状況に適応できる可能性があることが見えてきました。
1907年、ローマのサン・ロレンツォ地区で始まった「子どもの家」。
そこから100年以上が経ち、モンテッソーリ教育は世界中へ広がりました。
その過程で、いつの間にか「特別な教育」「高価な教育」「恵まれた家庭が選ぶ教育」というイメージが生まれた部分もあるのかもしれません。
しかし、その原点と現在の世界での実践を並べてみると、別の姿が見えてきます。
モンテッソーリ教育は、特定の階層の子どものためにつくられた教育ではありません。
目の前にいる子どもを観察し、その子が自分の力を使って成長できる環境を考える。
場所が変わっても、文化が変わっても、社会の状況が変わっても、出発点にいるのは「子ども」です。
今回の研究は、「モンテッソーリ教育とはどんな教室なのか?」ではなく、
「モンテッソーリ教育は、誰のためにあるのか?」
という、とても根本的な問いを私たちに投げかけているように思います。
※この記事はAMI(Association Montessori Internationale)の公式翻訳ではありません。AMI Research Threadsおよび原著論文などの公開情報を参考に、バンビーノが日本の保護者・教育関係者向けに独自に要約・解説しています。また、今回の研究はモンテッソーリ教育の学力効果を測定した研究ではありません。
参考資料
Johnson, V. J., Dalla, R. L., & Babchuk, W. A.(2025)
Meeting Children in the Margins: A Grounded Theory Study of Montessori Education’s Global Reach
Journal of Research in Childhood Education.
Association Montessori Internationale(AMI)
Reflections on Meeting Children in the Margins
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