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「おいしい」から始まる革命 – アリス・ウォータースとモンテッソーリ教育

おいしいものを食べることと、子どもが学ぶこと。
別々の話に見えるこのふたつを、ひとつにつなげてきた人がいます。

アメリカの料理人、アリス・ウォータースです。

地元で育った旬の食材を大切にするレストラン「シェ・パニース」を開き、生産者と食べる人との関係を見つめ直してきた人。その活動はやがて、レストランの外へと広がり、学校の菜園や台所、そして毎日の学校給食へとつながっていきました。

そして彼女の歩みをたどっていくと、少し意外な経歴に行き着きます。

アリス・ウォータースは、料理人になる前、モンテッソーリの教師として働いていました。

自分の感覚を使うこと。自分の手で確かめること。環境を整えること。

モンテッソーリ教育から受け取ったものは、その後の彼女の料理やレストラン、そして子どもたちのためにつくった学びの場にも生き続けていました。

まずは、映画の中のアリスに会いに

アリス・ウォータースがどのような人なのか。
その人柄や、食べ物を見るまなざしに触れる入口として、日本で制作されたドキュメンタリー映画があります。

『食べることは生きること ~アリス・ウォータースのおいしい革命~』です。

映画は、2023年のウォータースの来日を軸に、日本各地の生産者や料理人、子どもたちとの出会いをたどります。学校給食を味わい、食の現場を訪ね、人々と対話する旅。そして、活動の拠点であるカリフォルニア州バークレーでの取材を通して、彼女が「食べること」に託してきた思いを伝えています。

映画『食べることは生きること ~アリス・ウォータースのおいしい革命~』公式予告編。監督:田中順也/2024年/日本。動画公開:ユナイテッドピープル(cinemo)。

映画公式サイトを見る

「おいしい」をたどって、農家とつながった

ウォータースは大学時代に訪れたフランスで、暮らしの中にある食の豊かさに心を動かされました。

市場に並ぶ季節の野菜。パン屋から漂う香り。焼きたてのパン。

食べ物を選び、料理し、味わうことが、毎日の暮らしと深く結びついていたのです。

1971年、彼女はカリフォルニア州バークレーにレストラン「シェ・パニース」を開きます。

そこで大切にしたのは、食材そのもののおいしさでした。

2010年|シェ・パニースのオープンキッチン。写真:Mack Male/出典:Wikimedia Commons/CC BY-SA 2.0。

シェ・パニースを実際に訪れたレポート

文筆家・映像作家・俳優の小川紗良さんが、シェ・パニースを実際に訪れた様子を紹介しています。外観や店内、料理の写真とともに、旬の食材や生産者との関係を大切にする店の空気が、とてもわかりやすく伝わるレポートです。

小川紗良さん「憧れの『シェ・パニース』を訪れて号泣した話」を読む

おいしいものを探していくと、地元の農家との関係が生まれます。
どこで、誰が、どのように育てた食材なのか。

ウォータースの関心は、料理そのものから、土壌や季節、生産者の暮らしへと広がっていきました。

彼女にとって食べることは、皿の上だけで完結するものではありません。
一皿の料理の向こう側には、土地があり、季節があり、それを育てる人がいる。そのすべてが食卓につながっていると考えるようになったのです。

料理人になる前、モンテッソーリの教師だった

シェ・パニースを開く少し前の1968年、ウォータースはロンドンでモンテッソーリ教師の養成課程に学びました。
その後、バークレーでモンテッソーリの教師として働いています。

養成課程で印象に残った経験として、彼女は、公園で葉を集め、ノートにその輪郭を写し、木の名前を丁寧な文字で記した活動について語っています。

実物を手に取る。形を見る。触れる。自分の手を動かす。

知識だけを受け取るのではなく、世界と直接関わりながら学んでいく経験でした。

ウォータースは後年、モンテッソーリ教育から、感覚が心や知性へとつながっていくことを学んだという趣旨のことを語っています。

フランス・ニースの市場に並ぶ野菜。エディブル・スクールヤードやシェ・パニースで撮影されたものではありません。写真:Peter Wendt/出典:Wikimedia Commons/CC0。

赤い実。葉の緑。土のついた根。

食材には、名前や栄養の説明だけでは伝わらない豊かさがあります。

見る、触れる、香りをかぐ、味わう。

ウォータースにとって料理は、まさに五感を通して世界と出会う経験でもありました。

アリス・ウォータースが大切にする「9つの原則」

ウォータースが長年伝えてきた食への考え方は、9つのシンプルな原則としても紹介されています。

1.地域で、持続可能な方法で育てられたものを選ぶ
2.旬のものを食べる
3.ファーマーズマーケットで買い物をする
4.自分でも野菜やハーブなど、食べられるものを育てる
5.ものを大切にし、堆肥づくりやリサイクルを取り入れる
6.素材を生かし、五感を使ってシンプルに料理する
7.誰かと一緒に料理する
8.誰かと一緒に食べる
9.食べ物が尊いものであることを忘れない

こうして並べてみると、ウォータースが語る「食」は、単なる料理の方法ではないことがわかります。

どこでつくられたものを選ぶのか。誰と料理するのか。誰と食べるのか。そして、食べ物をどう扱うのか。

食卓を通して、自然や地域、人との関係まで見つめようとしているのです。

そして、この考え方をそのまま学校という場所へ広げたように見えるのが、「エディブル・スクールヤード」です。

スローフード運動とも深くつながっている

ウォータースの考え方は、イタリアで生まれた「スローフード運動」とも深くつながっています。

スローフードは、単に「ゆっくり食べる」という意味ではありません。地域に根ざした食文化や生物多様性を守り、生産者を支え、誰もが「おいしく、きれいで、公正な食」にアクセスできる社会を目指す運動です。

ウォータースは長年、Slow Food Internationalの副会長を務め、創設者カルロ・ペトリーニとも親しい関係を築いてきました。2004年に始まった世界的な食の集まり「Terra Madre」にも継続して参加し、食と教育、農業、地域社会を結びつける活動を発信してきました。

旬のものを食べること。地域の農家から買うこと。食べ物を無駄にしないこと。誰かと一緒に料理し、一緒に食べること。

ウォータースが大切にしてきたこうした考えは、スローフードが掲げる価値観とも重なります。彼女にとって「おいしいものを食べること」は、個人の楽しみだけではなく、農業や環境、地域の文化、そして社会のあり方を選ぶことでもあるのです。

学校の菜園と台所を、教室にする

1995年、ウォータースはバークレーの公立校、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア中学校で、「エディブル・スクールヤード」の取り組みを始めました。

教師、家族、農家、料理人、地域の人々、そして生徒たちが協力して、学校の中に菜園とキッチン教室をつくっていったのです。

ここで目指したのは、モンテッソーリ校を新しく開くことではありません。

公立学校の中で、食べ物を通した経験を、日々の学びと結びつけることでした。

エディブル・スクールヤードとは?

「菜園・台所・食卓」を、学校の学びの場にする取り組みです。

「エディブル・スクールヤード」は、直訳すると「食べられる校庭」。子どもたちが食べ物を育て、収穫し、料理して、みんなで食卓を囲む。その一連の経験を、教科の学習や栄養、自然の循環、人と協力して生きることへとつなげます。

単に学校に畑をつくる活動ではありません。食べ物がどこから来るのかを知り、それを支える土地や人々とのつながりを、自分自身の経験を通して学びます。

菜園と台所も、教室と同じように大切な学びの場所なのです。
エディブル・スクールヤード・ジャパンで詳しく読む

2015年|バークレーのエディブル・スクールヤード。緑と花に囲まれた小道。写真:Burkhard Mücke/出典:Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

たとえば、地理で中東について学ぶときには、台所でピタパンや、ひよこ豆を使ったフムスをつくる。

その地域では、どんな食材が育ち、どんな料理が食べられているのか。

地図や文章だけで知るのではなく、自分の手で料理し、香りを感じ、味わうことで、その土地の文化に触れます。

料理は授業の後のお楽しみではありません。

学んでいることと、自分自身の経験をつなぐものになるのです。

「エディブル・エデュケーション ともに育て ともに食べる いのちの教育」。紹介元:エディブル・スクールヤード・ジャパン。

美しい場所であることにも、意味がある

エディブル・スクールヤードでは、食べ物が育てばよい、料理ができればよい、というだけではありません。

菜園に手描きの看板をつくる。花をキッチンに飾る。収穫した野菜を美しく並べる。

空間そのものにも、心が配られています。

2015年|エディブル・スクールヤードの温室に並ぶ苗。写真:Burkhard Mücke/出典:Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

ウォータースは、美しさを単なる飾りとして扱っているわけではありません。

そこを使う人のことを考え、丁寧に環境を整えること。それ自体が「あなたを大切にしています」というメッセージになると考えています。

子どもが関わりたくなる環境を用意し、その環境を子ども自身も大切にしていく。

ここにも、モンテッソーリ教育と共通するまなざしを見ることができます。

菜園での学びを、毎日の学校給食にも

ウォータースが関わってきたのは、菜園や台所での授業だけではありません。

子どもたちが毎日食べる、学校給食の改善にも取り組んできました。

2005年には、彼女が設立した財団が、バークレーの学区に料理人アン・クーパーを栄養サービスの責任者として迎えるための資金を提供しました。

クーパーのもとで、加工済み食品への依存を減らし、新鮮な食材や有機食材を取り入れた給食づくりが進められていきました。

ただし、ここには大切な違いがあります。

学校菜園で収穫した野菜だけで、全校の給食をまかなっているわけではありません。

エディブル・スクールヤードの菜園は、生産農場ではなく、子どもたちが学ぶための「屋外の教室」です。そこで育てたものは、主に調理の授業などで使われます。

食べ物を育て、料理する経験を学校教育に取り入れること。
そして、毎日食べる学校給食そのものを豊かにしていくこと。

このふたつは、関連しながらも、それぞれに必要な取り組みなのです。

ウォータースはさらに、学校が地域の農家から食材を継続的に購入することで、子どもの食事と地域農業の両方を支える考えも提案しています。

学校給食は、子どもに食事を提供するだけのものではなく、地域の農家や土地ともつながることができる。

彼女は食卓の向こうに、社会全体を見ているのです。

すべての子どもに、よい食事を

ウォータースの活動で重要なのは、これを一部の家庭だけのものにしようとしていないことです。

よい食材を買うことができる家庭。料理に時間をかけられる家庭。菜園をもつことができる家庭。

そうした条件に恵まれた子どもだけではなく、公立学校に通うすべての子どもが、よい食事と食の学びに出会えることを目指しています。

彼女は、すべての子どもが栄養のある学校給食を無料で食べられる社会を提唱しています。

エディブル・スクールヤードが公立学校から始まったことにも、この考え方が表れています。

日本の子どもたちとも、つながっている

この取り組みは、日本にもつながっています。

東京都多摩市立愛和小学校では、2014年から教科と連携したエディブル授業が始まりました。

2018年にはウォータース自身が学校を訪れ、子どもたちと交流しています。

また彼女は、日本の学校で、子どもたち自身が給食を運び、配膳し、食事の準備に関わっている姿にも注目しました。

食べることだけではなく、食卓を整えるところから子どもが参加している。

それは、彼女自身にとっても興味深い学びだったようです。

冒頭で紹介した映画『食べることは生きること』も、こうした日本とのつながりの中で生まれました。

ウォータースの物語は、遠い国の有名レストランの話だけではありません。

子どもは何を食べるのか。食べ物とどう出会うのか。学校でどんな経験をするのか。

そんな、私たちの身近な問いにもつながっています。

食べることの中に、世界への入口がある

アリス・ウォータースの歩みをたどると、料理と教育が、最初からそれほど遠く離れたものではなかったことが見えてきます。

自分の感覚を使うこと。
自分の手を動かすこと。
美しく整えられた場所で、人や自然と関わること。

モンテッソーリ教師として学んだことと、料理人として積み重ねてきた経験は、やがてエディブル・スクールヤードという場所でひとつにつながりました。

野菜を育てる。
料理をつくる。
誰かと一緒に食べる。
残ったものを土へ戻す。

そうした日々の営みの中にも、世界を知り、人と関わり、自分の力を使うための学びがあります。

「おいしい」という身近な感覚から、世界とのつながりを見つけていく。

アリス・ウォータースの「おいしい革命」は、そんなところから始まっているのかもしれません。

アリス・ウォータースとは

2015年|アリス・ウォータース。写真:在ベルリン米国大使館(U.S. Embassy Berlin)/出典:Wikimedia Commons。米国政府著作物としてパブリックドメインで公開。

アリス・ウォータース(Alice Waters/1944年生まれ)

アメリカの料理人、著述家、食の活動家。モンテッソーリ教師として働いた後、1971年にカリフォルニア州バークレーでレストラン「シェ・パニース」を開業しました。

地元の旬の食材や、生産者とのつながりを大切にする食文化を広め、1995年には「エディブル・スクールヤード」の取り組みを開始。料理、農業、学校教育、学校給食を通して、食べることと社会の関係を問い続けています。

この記事で紹介した書籍

アリス・ウォータースの考え方や実践は、日本語の書籍でも読むことができます。エディブル・スクールヤードの取り組みを知る本、食を通して暮らしを考える本、そして実際に料理をつくってみる本。それぞれ違った入口から、彼女の世界に触れることができます。

まず紹介したいのは、エディブル・スクールヤードそのものを知ることができる一冊です。

『エディブル・スクールヤード―学校を食べちゃおう!』
著者:アリス・ウォータース
訳者:八須理明・高橋良枝
出版社:コンパッソ
刊行年:2015年

ウォータース自身が、教師や保護者、地域の人々とともに学校の菜園をつくり、食べ物を育て、料理し、学ぶ場所へと育てていった過程を紹介する一冊です。この記事で紹介した「エディブル・スクールヤードとは何か」を、さらに深く知りたい方におすすめです。

次は、ウォータースが食べることの向こうに何を見ているのか、その思想に触れられる一冊です。

『スローフード宣言――食べることは生きること』
著者:アリス・ウォータース、ボブ・キャロウ、クリスティーナ・ミューラー
訳者:小野寺愛
発行:海士の風/発売:英治出版
刊行年:2022年

旬の食材を味わうこと、美しさを大切にすること、人との関係を育てること。ウォータースが長年伝えてきた「食べることは、生き方そのものにつながっている」という考えを知ることができます。映画『食べることは生きること』を見て、さらに彼女の考えを知りたくなった方にもおすすめです。

そして、彼女の考え方を実際の台所で味わってみたい方には、この料理書があります。

『アート オブ シンプルフード』
著者:アリス・ウォータース
出版社:小学館
刊行年:2012年

食材の選び方や調理の基本から、日々の食卓で楽しめるレシピまでを紹介した料理書です。複雑な料理をつくるのではなく、よい食材を選び、その持ち味を生かすというウォータースの料理への姿勢を、自分の手で確かめることができます。

参考資料

Academy of Achievement:Alice Waters
Bioneers:Changing the Way We Eat
Cherry Bombe:Alice Waters Interview
The Edible Schoolyard Project:About Us
The Edible Schoolyard Project:Frequently Asked Questions
エディブル・スクールヤード・ジャパン:エディブル・スクールヤードとは
エディブル・スクールヤード・ジャパン:アリス・ウォータースとの対話
エディブル・スクールヤード・ジャパン:これまでの歩み
E・レシピ:アリス・ウォータースの料理と9つの原則

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