カテゴリ / コラム
一覧

「うちの子は集中力がない」と思うママへ ― 短い集中に気づいていますか?

「うちの子は、全然集中しなくて」
「おもちゃを渡しても、すぐに飽きてしまいます」
「次から次へと違うものを触って、ひとつの遊びが続きません」

教室でも、保護者の方からこうした声をよく聞きます。

けれど、本当にその子は集中していないのでしょうか。

大人はつい、ひとつの場所に長く座り、同じ活動を何分も続ける姿を「集中している」と考えます。反対に、短い時間でやめてしまうと、「集中力がない」「飽きっぽい」と判断してしまいます。

しかし、幼い子どもの集中は、最初から長い時間続くとは限りません。大人が見過ごしてしまうほど短く、小さな集中から始まることがあります。

ほんの数十秒でも、子どもの心は動いている

小さな穴に物をひとつ落とし、その行方をじっと見ている。
容器の蓋を開けたり閉めたりしている。
床に落ちた水滴を指で触り、何度も確かめている。
シールを一枚だけ、慎重に貼っている。
大人の手元を黙って見つめている。

こうした姿は、長くは続かないかもしれません。それでも、その短い時間、子どもの目と手と心は、確かにひとつのことへ向かっています。

大人にとっては「たった一回」「ほんの数十秒」に見えても、幼い子どもにとっては、何かを発見し、自分の身体を動かし、確かめようとしている大切な時間です。

集中していないのではなく、大人が思い描いていた集中とは、少し違う形で現れているだけなのかもしれません。

モンテッソーリ教育でいう「集中現象」とは

モンテッソーリ教育には、「集中現象」という言葉があります。

子どもが自分で選んだ活動に深く心を向け、繰り返し取り組む姿を、マリア・モンテッソーリは観察しました。そのとき子どもは、周囲から命じられたり、褒められたりしなくても、自分の内側から動かされるように活動します。

ただし、何かを一瞬見ただけ、次々と刺激を追いかけているだけの状態を、すべて「集中現象」と呼ぶわけではありません。

見る、触れる、試す、もう一度繰り返す。そこには、その子なりの目的や関心があります。心と身体がひとつの活動へ向かい始めるところに、集中の芽があります。

そして、その現れ方は一人ひとり違います。長く続く子もいれば、最初はごく短い時間から始まる子もいます。年齢や発達の段階、その日の体調や環境によっても変わります。

集中は、「何分できたら合格」と時間で測るものではないのです。

「すぐにやめた」だけでは分からないこと

せっかく用意したおもちゃなのに、子どもがすぐに手放してしまうと、「もう飽きたの?」と思うかもしれません。

けれど、すぐにやめる理由は、集中力がないからとは限りません。

その活動が今の発達上の関心と合っていなかったのかもしれません。難しすぎた、あるいは簡単すぎた可能性もあります。周囲に物や音が多く、気持ちを向けにくかったのかもしれません。

また、大人には短く見えても、子どもはその一回で十分に確かめ、満足して終えたことも考えられます。一度離れたあと、しばらくして同じ活動へ戻ってくることもあります。

「すぐにやめた」という結果だけを見るのではなく、その前に何を見ていたのか、どのように手を動かしていたのかを観察すると、子どもの中で起きていたことが少しずつ見えてきます。

集中を長くさせる前に、まず見つける

AMI(国際モンテッソーリ協会)は、子どもにどのような小さな集中でも見られたら、それを守り、大切にし、似た経験を用意することで、集中する時間は次第に広がっていくと説明しています。

大人が最初にすることは、集中時間を延ばすことではありません。すでに始まっている集中を見つけることです。

子どもが遊んでいるとき、時計を見る代わりに、少し離れたところからその姿を見てみましょう。

何を手に取ったでしょう。
どこをじっと見ていたでしょう。
どんなふうに指を動かしていたでしょう。
同じ動きを繰り返していなかったでしょうか。
一度離れても、また戻ってきたものはなかったでしょうか。

長さではなく、子どもの目、手、身体の動きを見る。それだけで、これまで「すぐに飽きた」と思っていた時間の中にも、その子なりの関心が見えてくることがあります。

「上手だね」の声も、少しだけ待って

子どもが夢中になっていると、つい声をかけたくなります。

「上手だね」
「すごいね」
「何を作っているの?」
「次はこっちもやってみる?」

どれも、子どもを喜ばせたいという気持ちから出る言葉です。けれど、集中が始まったばかりのときには、その優しいひと言が、子どもの心を活動から大人へ戻してしまうことがあります。

マリア・モンテッソーリは、集中が始まったら、大人はそれを妨げずに見守ることの大切さを繰り返し述べています。

声をかける前に、ほんの少し待つ。手伝う前に、もう少し見る。

それも、子どもの集中を守る大切な援助です。

短い集中は、これから育っていく集中の芽

「うちの子は集中力がない」と心配しなくても大丈夫です。

集中は、大人が外から与えたり、無理に長くさせたりするものではありません。子どもが自分の発達に必要なものと出合い、自分の手を使って確かめる中で、少しずつ育っていきます。

今日、お子さんが遊んでいるとき、集中させようとせずに、少しだけ観察してみてください。

それは数分ではなく、ほんの数十秒かもしれません。それでも、その子の中では大切な活動が始まっています。

「全然集中していない」と決める前に、その小さな集中をひとつ見つけてみてください。

必要なのは、もっと集中させることではありません。
すでに始まっている集中に、大人が気づき、そっと守ることなのです。

参考資料

RECENT ENTRY 一覧

2026.09.05カテゴリ / コラム 赤ちゃんの発達と子育て

泣いたらすぐに抱っこしていい?「甘やかす」と「応える」は同じではありません

2026.09.05カテゴリ / コラム BOOKS

『月刊クーヨン』2026年10月号「かんしゃく」にだって理由があります 子どもの「やりたい!」を邪魔していませんか?

2026.09.05カテゴリ / コラム

「うちの子は集中力がない」と思うママへ ― 短い集中に気づいていますか?

2026.09.04カテゴリ / コラム 赤ちゃんの発達と子育て

まだ話せない赤ちゃんに、返事は必要? – 喃語から始まる最初の会話

2026.09.04カテゴリ / コラム

モンテッソーリ教育のデメリットは本当? – 根拠のない情報が何年も繰り返される理由

2026.09.03カテゴリ / コラム 赤ちゃんの発達と子育て

なかなか前に進まないけれど大丈夫?――ずりばいが始まるまでの試行錯誤