アーカイブ年: 2026年
街をつくり、人々の暮らしをつくり、宇宙までつくったゲームデザイナー 道路を敷き、住宅地をつくり、発電所を建てる。 少しずつ街が成長していく。ところが、人口が増えると交通渋滞が起こり、電力が不足し、住民から不満の声が上がる。 どうすれば、この街はもっと暮らしやすくなるのだろう。 道路を増やしてみる。税金を変えてみる。公園 …
インターネットで「モンテッソーリ 玩具」と検索すると、たくさんの商品が出てきます。 木でできたパズル。 ひも通し。 型はめ。 ビーズ。 ねじを回すおもちゃ。 指先を使う細かな活動。 「モンテッソーリ」「知育」「木製」と書かれていると、なんとなく子どもに良さそうで、安全そうな印象を持つかもしれません。 でも、ここで一つ知 …
2026年10月25日(日)、東京都町田市にある「東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター」の森野トレーニングルームを訪ねました。 町田駅から歩いて数分。建物の8階に足を踏み入れると、そこにはモンテッソーリ教育の教具が美しく並ぶ、明るく開放的な空間が広がっていました。 ここは、モンテッソーリ教師を目指す人たちが、 …
1939年11月、マリア・モンテッソーリと息子マリオはインドへ渡りました。 当初は、約3か月の養成コースを行うための旅でした。 しかし翌1940年、第二次世界大戦は二人の生活を大きく変えます。イタリアが参戦すると、英領インドに滞在していたマリオは「敵国人」として収容され、マリアも自由な移動を制限されました。 結果として …
モンテッソーリ教育が、認知症のある高齢者の暮らしにも生かされていることをご存じでしょうか。 モンテッソーリといえば、幼児教育を思い浮かべる方が多いかもしれません。子どもが自分で活動を選び、手を動かしながら学ぶ教育法として、世界中に広がっています。 しかし、その考え方は子どもの教育だけにとどまりません。 1990年代から …
同じモンテッソーリ教育を広めようとしていた二人が、なぜ別々の道を歩くことになったのでしょうか。 一人は、マリア・モンテッソーリの息子であり、国際モンテッソーリ協会(AMI)を率いていたマリオ・モンテッソーリ。 もう一人は、1950年代のアメリカでモンテッソーリ教育を復活させた教育者、ナンシー・マコーミック・ランブッシュ …
1930年、マリア・モンテッソーリは60歳を迎える年に入りました。 ローマでは国際養成コースが開かれ、ヨーロッパ各地にはモンテッソーリ教育のために整えられた学校や環境が生まれていました。その活動は、すでに一つの国に収まるものではなくなっていました。 しかし、1930年代、ヨーロッパの情勢は大きく変わっていきます。 ドイ …
「ガブリエル・ガルシア=マルケス」と聞いて、すぐに作品が浮かぶ人は、日本ではそれほど多くないかもしれません。 けれど、『百年の孤独』というタイトルなら、目にしたことがある人もいるのではないでしょうか。 1927年、南米コロンビアの小さな町アラカタカに生まれたガブリエル・ガルシア=マルケス。 新聞記者として働きながら小説 …
刑務所の中に、乳幼児のためのモンテッソーリ環境をつくる。 そして、そこで子どもと暮らす母親たち自身にも、子どもの発達や関わり方を学ぶ機会をつくる。 英国とメキシコでは、そんな取り組みが行われてきました。 対象となるのは、罪を犯した子どもたちではありません。母親が服役しているため、人生の最初の時期を刑務所の中で暮らす乳幼 …
1920年代へ ― モンテッソーリ教育が「国際運動」になっていく10年 第3回では、1910年代にモンテッソーリ教育がイタリアを越え、アメリカ、スペイン、イギリスへと広がり、日本からもマリア本人のもとへ学びに行った人がいたことを見てきました。 1920年代に入ると、その広がりはさらに大きなものになります。 各国に学校が …













