家でも学校でもない「第三の居場所」が、子どもに必要な理由 ― AMIが紹介した日本の研究から

家庭が安心できる場所であること。学校や園で、落ち着いて過ごせること。
どちらも大切です。けれど、子どもを支える世界は、その二つだけでなくてもよいのかもしれません。
AMI(国際モンテッソーリ協会)が公式連載「Research Threads」で紹介したのは、家庭と学校以外の「第三の居場所」と、親以外の頼れる大人に注目した日本の研究です。東京都足立区の子どもたちの調査から、そのつながりと自尊感情との関係を調べています。
「第三の居場所」は、特別な施設のことではありません
研究でいう「第三の居場所」は、家や学校以外で、放課後に過ごす場所です。公園や遊び場、祖父母の家、友だちの家なども含まれます。
もう一つ調べられたのが、「ロールモデル」の存在です。ここでは、親以外に、信頼できる、尊敬できる、自分を気にかけてくれると感じる大人がいるかどうかを尋ねています。(参考:研究原論文)
たとえば、会うと話を聞いてくれる祖父母。一緒に何かをしながら、自分の関心に付き合ってくれる大人。
「家の外にも、自分を気にかけてくれる人がいる」
そうした身近な関係にも、目を向ける研究なのです。
居場所や頼れる大人がいる子と、いない子では、どんな違いがあった?
2020年に発表された研究では、2016年の足立区のA-CHILD調査から、小学4年生・6年生、中学2年生の計1,635人のデータを分析しました。
子ども自身が質問票に回答し、自分自身をどう評価しているかという「自尊感情」を測定。得点が下位約10%に当たる子どもたちを、「自尊感情が低い」群に分類しています。
その割合を、居場所や頼れる大人の有無で比べると、次のような違いがありました。
| 調べたつながり | ある 子ども |
ない 子ども |
|---|---|---|
| 家や学校以外の 「第三の居場所」 |
9.9% | 21.9% |
| 親以外の 信頼・尊敬できる大人 |
9.5% | 35.4% |
過ごせる場所があるかどうかだけでなく、親以外に頼れる大人がいるかどうかでも、違いが見られたのです。
さらに、家庭の経済状況、保護者の心の状態、生活習慣、学校での人間関係などを統計的に考慮した分析でも、居場所や頼れる大人がいないことと、自尊感情の低さとの関連は残りました。
ただし、これは一時点の状態を調べた研究です。「居場所をつくれば自己肯定感が上がる」と証明したものではありません。反対に、自尊感情が低い子どもほど、居場所や頼れる大人を見つけにくい可能性も、研究者は指摘しています。
それでも、子どもの心を「本人の性格」や「親の接し方」だけで考えず、どんな場所や人につながっているかにも目を向けるきっかけになる研究です。
AMIが注目した、教室の外にも広がる「環境」
AMIの紹介記事を執筆したKari Ewert-Krocker氏は、この研究を、思春期の子どもが地域社会とつながり、手本や支えとなる大人と関わる環境の意義に結びつけています。
子どもを支える環境と大人の存在を、教室の中だけで完結させず、学校の時間外にも広げていく。その価値に注目しているのです。
今回の研究は、幼児やモンテッソーリ教育の効果を直接調べたものではありません。結果をそのまま幼児期に当てはめることはできませんが、教室を運営する私たちにとっても、考えたい問いがあります。
子どもが通う場所を、「何ができるようになるか」だけで見ていないでしょうか。
「ここでは、自分のやってみたいことを大切にしてもらえる」「困ったとき、この大人に頼ってよい」
私たちは、何かを教えることと同じくらい、子どもがそう感じられる場所であることを大切にしたいと思います。
習い事を増やせばよい、という話ではありません
「第三の居場所が大切」と聞くと、もう一つ教室に通わせた方がよいのか、と考えるかもしれません。
けれど、大人が用意した場所が、そのまま子どもの居場所になるとは限りません。
こども家庭庁も、居場所には建物や施設だけでなく、時間や人との関係性も含まれ、どこを居場所と感じるかは本人によると説明しています。大人が一方的に指定するのではなく、子どもの声を聴くことが重視されています。(参考:こども家庭庁「こども・若者の居場所づくり」)
「ここに通わせれば安心」と決める前に、その子の様子を見たいのです。
また行きたいと思っているか。無理に何かを演じずに過ごせているか。困ったときに気づいてくれる人がいるか。
増やしたいのは、予定表の空欄を埋める活動ではなく、その子が安心できるつながりです。
親だけで、子どもの世界を支えなくていい
子どものために、よい家庭でありたい。何でも話せる親でありたい。
そう願うことと、親だけですべてを引き受けることは、同じではありません。
親には話しにくいことを、別の大人には話せるかもしれない。学校では出せなかった一面を、違う場所では見せられるかもしれない。
それは、家庭や学校が足りないという話ではなく、子どもが関われる世界が広がることとして受け止めたいと思います。
私たち大人が考えたいのは、「もっと強い子にするには、何を教えればよいか」だけではありません。
「この子が、ここにいていいと思える場所はどこだろう」「私以外に、この子を気にかけてくれる大人はいるだろう」
そんな問いも、持っていたいのです。
子どもを支えるのは、家庭と学校だけではない。親だけで子どもの世界を支えなくてよいということは、子どもにとっても、親にとっても、大切な視点なのだと思います。
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