赤ちゃんの「いのち」を見つめた精神科医 – シルバーナ・Q・モンタナーロが日本に残したもの

シルバーナ・Q・モンタナーロ(1927–2018)/参考写真をもとにAIで生成したイラスト
『いのちのひみつ』。
0〜3歳のモンテッソーリ教育を学ぶなかで、この本を何度も開いてきた人は少なくないでしょう。赤ちゃんの発達を理解したいとき、日々の関わりに迷ったとき、そのページへ立ち返る。そんな一冊です。
著者のシルバーナ・Q・モンタナーロは、イタリアの精神科医でした。マリア・モンテッソーリの直弟子たちが進めた乳児教育に加わり、その学びを世界各地へ伝え、日本でも教師養成に携わりました。
その歩みをたどると、四人の子どもを育てた母親としての選択や、日本の教育者たちとの親しい交流も見えてきます。本連載の第1回で紹介したクラウス・ルーメル神父も、彼女の大切な友人の一人でした。
若い精神科医を招いた、マリアの直弟子
モンタナーロは1927年、ローマに生まれました。医学を学び、精神科医として歩み始めた彼女をモンテッソーリ教育へ招いたのが、アデーレ・コスタ・ニョッキです。
コスタ・ニョッキは、1909年にマリア・モンテッソーリが開いた最初の教師養成コースで学んだ直弟子でした。彼女が力を注いだのは、生まれたばかりの赤ちゃんと、その家族を支える人材の養成です。
1947年には、マリアの賛同と助言を得て、そのための養成課程を構想しました。学生たちは講義に加え、病院や家庭などで赤ちゃんを観察し、実際の生活から学びました。
1950年代、若いモンタナーロも、この仕事に加わります。解剖学や生理学、栄養、衛生など、乳児に関わる大人が必要とする医学の知識を教え、その後は心の健康や子どもの神経精神医学の分野を長く担当しました。
医学と教育が、赤ちゃんの生活を中心に出会う場所。そこが、彼女の仕事の出発点でした。
わが子の学校選びは、友人にも理解されなかった
モンタナーロは、自分の子どもたちにもモンテッソーリ教育を選びました。
しかし、1950年代のイタリアでは、それは誰もが当然と考える選択ではありませんでした。家族が残した回想によると、彼女と夫のパスクアーレは、親しい友人たちからも多くの批判を受けたといいます。
通わせたのは公立の学校でした。友人たちが心配したのは費用ではなく、自由を尊重する教育を受けた子どもが、その後、社会になじめなくなるのではないかということでした。
子どもの自主性を大切にしたいと思っても、周囲から将来を心配される。今の保護者にも、どこか身近に感じられる話ではないでしょうか。
モンタナーロは、専門家として教育を語ると同時に、自分の家庭でもその選択を引き受けた人でした。この小さな家族の記録からは、後年の著名な教師養成者という肩書の奥に、一人の母親の姿が見えてきます。
赤ちゃんを迎える家族から、世界の教師養成へ
彼女の関心は、赤ちゃんを取り巻く大人たちにも向けられていました。
1968年からは、診療所や病院で、出産を控えた親たちの準備を支える仕事にも取り組みます。子どもが生まれる前から、その誕生をどう迎え、家族としての生活をどう始めるのか。そこにも、彼女の医学と教育の仕事がありました。
やがて、その活動を国際的な教師養成へ広げる転機が訪れます。
1979年、マリアの息子であるマリオ・モンテッソーリから招かれ、翌1980年、ローマで始まった最初のAMI(国際モンテッソーリ協会)乳児アシスタント養成コースに携わりました。コスタ・ニョッキたちが育ててきた乳児教育を、国際的な資格課程として伝えていく仕事です。
その講義は、人の進路を変えることもありました。
後にAMIトレーナーとなるメリー・ハッデンは、1979年にモンタナーロの話を聞いたことをきっかけに、翌年ローマへ渡っています。そこでモンタナーロやジャンナ・ゴッビらに学び、自身も乳児教育を伝える道へ進みました。
一人の受講生が教師になり、さらに次の教師を育てる。モンタナーロの仕事は、そうした広がりを持っていきました。
モンタナーロの功績をたたえ、2010年2月14日のAMI/USA研修会で上映された記念映像「A Tribute to Silvana Montanaro, M.D.」。公開:AMI/USA(約10分・英語)
高根夫妻とともに、日本で教師を育てる
日本での活動を支えたのが、横浜のモンテッソーリ教育に長く携わった高根文雄・澄子夫妻でした。
夫妻の著書『いのちのちから』には、マリアの直弟子アントニエッタ・パオリーニらとの交流を通じて、海外の教師たちを迎え、日本で学べる場を育てていった経緯が記されています。モンタナーロも、その場で教えた一人でした。
研究所の沿革によると、2000年から2006年にかけて、モンタナーロは6期にわたって乳児アシスタント養成を担当しています。第7期は、パトリシア・ウォルナーへと引き継がれました。
家族が公開した2000年5月の写真にも、横浜での養成コースの様子と、高根文雄の姿が残っています。日本との関わりは、教師を育てるために繰り返し足を運ぶ交流だったのです。
『いのちのひみつ』を、日本語で読める一冊に
この交流は、一冊の本にもつながりました。
2003年11月、KTC中央出版から『いのちのひみつ』の日本語版が刊行されます。翻訳・監修にはモンテッソーリ教育研究所が関わり、翻訳者の中林康子も自身の仕事としてこの本を挙げています。
高根澄子は『いのちのちから』の冒頭で、モンタナーロの講義録を『いのちのひみつ』として日本で出版できたのは、海外の教師たちとの縁によるものだったと振り返っています。
また、同書の「おわりに」には、『いのちのひみつ』の出版時から関わっていた編集担当の山本直子、砂塚美穂への感謝も記されています。2003年の出版から、2023年の『いのちのちから』へ。本づくりを支える人たちとの関係も、長く続いていました。
この記録からは、著者を日本へ招く人、講義を受け止める人、日本語へ訳す人、出版を支える人のつながりが見えてきます。私たちが日本語でこの本を読める背景には、そうした具体的な仕事がありました。
『いのちのひみつ』の英語版『Understanding the Human Being』は、AMIの0〜3歳ディプロマコースの必読書にも挙げられています。
教科書として読み始め、子どもと過ごした経験を重ねてから、もう一度開く。すると、以前は通り過ぎた文章が、目の前の子どもの姿と結びつくことがあります。「バイブル」と呼びたくなるのは、そんなふうに何度も読み直せる一冊だからなのでしょう。
ルーメル神父から託された、記念大会の参加枠
モンタナーロと日本のつながりを語るうえで、もう一人、欠かせない人物がいます。本連載の第1回で紹介したクラウス・ルーメル神父です。
娘のマリーナが残した回想には、ルーメルがモンタナーロの親しい友人だったことを伝えるエピソードがあります。
2007年、ローマで、最初の「子どもの家」の開設100周年を記念する大会が開かれました。ルーメルは参加を希望し、早くから申し込みを済ませていました。しかし、高齢の自身には長旅の負担が大きいと判断し、渡航を断念します。
そこで彼は、自分の参加枠をモンタナーロに託し、彼女が選んだ人へ譲ってほしいと頼みました。
その枠を受け取ったのが、娘のマリーナです。彼女は後に、自分がその一人に選ばれたことを光栄に思うと記しています。
> マリーナによる100周年記念大会の回想
誰に譲るかまで任せたという出来事に、二人の間にあった信頼がうかがえます。
日本で教師養成や翻訳を支えた神父と、乳児教育を世界へ伝えた精神科医。それぞれの仕事をたどってきた二人の人生は、こうした個人的な交流でも結ばれていました。
教室を離れても、続いていた関係
モンタナーロの人柄は、学んだ人たちの回想にも残っています。
横浜で彼女に学び、後にローマで近くに暮らした綿貫愛香は、妊娠中から出産後にかけて、毎週のようにモンタナーロのもとを訪れていたと振り返っています。自分を娘のように、生まれた息子を孫のようにかわいがってくれたといいます。
その一方で、精神科医として人を見つめる目は鋭く、年齢を重ねても、自らを振り返り、変わり続ける人だったとも語っています。
親しい人たちによる追悼文には、料理や歌を楽しみ、自宅に人を迎えた姿も記されています。
本の著者として知っていた人が、食卓を囲み、歌い、教え子の出産を気にかける。その姿を知ると、『いのちのひみつ』という本も、少し違った近さで感じられます。
赤ちゃんを待つ、その短い時間にも
シルバーナ・Q・モンタナーロは、2018年3月30日に亡くなりました。翌2019年には、彼女を記念して、次の世代のAMIトレーナーの養成を支援する基金が設けられています。
彼女自身の文章には、その教育観を伝える具体的な場面があります。
迎えに来た親へ赤ちゃんを渡すとき、すぐに抱き上げるのではなく、まず親が来たことを伝える。腕を差し出し、赤ちゃん自身が応じる動きを待つ。大人の都合で移動を急がず、子どもが次の出来事へ向かう時間を大切にするという関わりです。
まだ言葉で十分に伝えられない赤ちゃんにも、感じていることがあり、自分から応じる力がある。
モンタナーロが生涯を通して伝えたものは、そんな目の前の一人を見つめる姿勢でした。彼女の本を開き、子どもの小さな動きを待つとき、その教えは今も日々の暮らしのなかで受け継がれています。
この記事で紹介した書籍
モンタナーロの代表作『いのちのひみつ』と、日本での交流や出版の背景を知る手がかりとなった、高根夫妻の『いのちのちから』を紹介します。
著:シルバーナ・Q・モンタナーロ
訳・監修:マリア・モンテッソーリ教育研究所
出版社:KTC中央出版
刊行年:2003年
いのちの誕生から3歳までの発達を、医学とモンテッソーリ教育の視点から見つめた一冊。赤ちゃんの育つ力と、その力を支える大人の関わりを学べます。
著:高根 文雄、高根 澄子
発行:ゆいぽおと
発売:KTC中央出版
刊行年:2023年
モンタナーロの来日や、『いのちのひみつ』の日本語出版につながった縁についても記されています。
参考資料
- 高根文雄・高根澄子『いのちのちから』(2023年)――「はじめに」pp.4–5、「おわりに」pp.244–245ほか。
- モンタナーロ家による記録「Silvana Quattrocchi Montanaro: un ritratto / a portrait」―― 略歴、 子どもたちの学校選び、 2000年の横浜での記録、 100周年記念大会とルーメル神父の回想。
- Centro Nascita Montessori: Adele Costa Gnocchi。
- Di Renzo Editore: Silvana Montanaro 著者紹介。
- Silvana Quattrocchi Montanaro: Children and Working Parents(PDF)。
- Montessori Institute of North Texas: メリー・ハッデンの回想。
- モンテッソーリ教育研究所: 研究所の沿革。
- 札幌国際大学図書館: 『いのちのひみつ』書誌情報。
- 中林康子: プロフィール・訳書紹介。
- Montessori Training Centre: AMI 0〜3歳コース必読書一覧(PDF)。
- イデーモンテッソーリ: 綿貫愛香先生インタビュー③ モンテッソーリ教育との出会いと未来。
- CGSUSA: We Remember Silvana Quattrocchi Montanaro, MD。
- AMI: The Silvana Montanaro Fund。
- AMI/USA: A Tribute to Silvana Montanaro, M.D.(動画)。
-
-
2026.09.10カテゴリ / コラム モンテッソーリを伝えた人たち
赤ちゃんの「いのち」を見つめた精神科医 – シルバーナ・Q・モンタナーロが日本に残したもの
-
-
2026.09.10カテゴリ / コラム AMIトレーナーの言葉
二つの言語の中で育つ赤ちゃん – 「これは英語、これは日本語」より先にあるもの
-
-
2026.09.09カテゴリ / コラム 赤ちゃんの発達と子育て
部屋を離れるときも、赤ちゃんに伝える? 見えなくなる前のひと言がつくる安心
-
-
2026.09.09カテゴリ / コラム
「モンテッソーリ」と書いてあれば、本当にモンテッソーリ? ― “モンテ風”を名前ではなく中身で見る
-
-
2026.09.08カテゴリ / コラム 赤ちゃんの発達と子育て
なんでも口に入れるのは止めたほうがいい? 赤ちゃんが口で物を確かめる理由
-
-
2026.09.08カテゴリ / コラム
評価する大人から、気づきを支える大人へ ― モンテッソーリは「すごいね!」と言っちゃダメ?


















