なぜ今、子どもの心が苦しくなっている? AMIが問いかける「学校教育と心の健康」

子どもたちが学校で身につけるものは、算数や言語、知識だけなのでしょうか。
「自分で決めることができる」
「自分にはできると思える」
「失敗しても、もう一度やってみる」
「誰かと比べなくても、自分の成長を感じられる」
こうした心の土台もまた、子ども時代の教育環境の中で育っていくものなのかもしれません。
今回取り上げるのは、AMI(国際モンテッソーリ協会)の「AMI Research Threads」に掲載された「Montessori – Healthy Minds, Better Outcomes, Lower Costs」という記事です。
この記事は一つの研究論文だけを紹介するものではなく、近年の複数の研究をもとに、「学校教育のあり方そのものが、子どもの心の健康や、その後の人生の充実と関係しているのではないか」という大きな問いを投げかけています。
「ウェルビーイング」って何?
今回のAMIの記事には「ウェルビーイング(well-being)」という言葉が登場します。聞き慣れない方も多いかもしれません。
ウェルビーイングとは、単に「楽しい」「幸せ」ということだけではありません。
心や身体が健やかで、人とのつながりを持ち、自分らしく充実して生きられている状態を表す言葉です。
自分の人生に意味を感じられること。
人と良い関係を築けること。
自分にはできるという感覚を持てること。
自分らしくいられること。
こうしたものを含む、幅広い考え方です。
この記事では、ここからはできるだけ「心の健康」や「人生の充実」という言葉に置き換えて紹介していきます。
思春期の心の問題を「学校」という視点から考える
不安、抑うつ、孤独感など、若者の心の健康をめぐる問題は、世界各国で大きな課題になっています。
もちろん、その原因を学校教育だけに求めることはできません。家庭環境、人間関係、社会情勢、SNSなど、さまざまな要因が複雑に関係しています。
しかしAMIの記事は、ここで一つの問いを投げかけています。
「学校の仕組みそのものも、子どもの心の健康に影響しているのではないか?」
決められた時間割。
同じ年齢で分けられたクラス。
全員が同じタイミングで同じ内容を学ぶ授業。
テストや成績による評価。
私たちにとって当たり前になっている学校の仕組みは、子どもが本来どのように学び、成長するのかという発達の特徴と、本当に合っているのでしょうか。
「やらされる学び」と「自分から始める学び」
AMIの記事では、モンテッソーリ教育研究で知られる心理学者Angeline Lillardらの研究も取り上げています。
従来型の教育では、テストの点数、成績、褒められることなど、外から与えられる評価が学習の動機になりやすい側面があります。
一方、モンテッソーリ環境では、準備された環境の中から子ども自身が活動を選びます。
「これをやってみたい」
「もう一度やりたい」
「できるようになりたい」
このように、自分の内側から生まれる「やってみたい」という気持ちを内発的動機といいます。
もちろん、子どもが好き勝手に過ごすという意味ではありません。発達に合った活動と環境が用意され、必要なルールがある中で、自分で選択します。
自分で決める。
自分で始める。
自分で間違いに気づく。
自分でやり直す。
そして、自分で「できた」と感じる。
こうした小さな経験の積み重ねが、「自分でやっていける」という感覚につながっていきます。
588人を追った、全米24校のモンテッソーリ研究
AMIの記事では、2025年に発表された米国の大規模な研究も紹介されています。
研究対象となったのは、全米24校の公立モンテッソーリ校の入学抽選に参加した588人の子どもたちです。3歳頃から幼稚園修了時の5〜6歳まで追跡しました。
この研究で重要なのは、公立モンテッソーリ校への入学に「抽選」が利用されていたことです。
モンテッソーリ校への入学を希望して抽選で入学の機会を得た子どもたちと、同じように希望したものの抽選で入学の機会を得られなかった子どもたちを比較しました。
家庭がモンテッソーリ教育を選ぶかどうかという違いの影響を小さくして比較できるため、教育効果を調べるうえで信頼性の高い研究方法の一つです。
その結果、幼稚園修了時には、モンテッソーリ校への入学機会を得たグループで、読解、短期記憶、実行機能、社会的理解について、比較グループより高い結果が確認されました。
一方、この研究で調べられたすべての項目に差が出たわけではありません。研究結果は「モンテッソーリならあらゆる能力が高くなる」という意味ではありません。
「実行機能」って何?
ここにも少し難しい言葉が出てきます。
実行機能とは、簡単に言えば「自分の行動や気持ちを調整しながら、目的に向かって行動するための力」です。
例えば、やりたいことがあっても少し待つ。
今やっていることに注意を向ける。
うまくいかなければ方法を変える。
必要な順番を考えて行動する。
こうした力は、学校の勉強だけではなく、その後の生活にも関係する大切な力です。
モンテッソーリ環境で、子どもが自分で活動を選び、準備し、取り組み、片付けるという一連の活動を繰り返していることを考えると、とても興味深い結果です。
教育効果だけでなく「費用」も調べられた
この研究では、教育成果だけでなく、公立教育としての費用についても分析しています。
研究では、3歳から6歳までの3年間で、公立モンテッソーリ教育は従来型プログラムより、1人あたり13,127ドル低い費用だったと報告されています。主な理由として、3〜4歳クラスでの子どもと教師の比率など、モンテッソーリのクラス構造が挙げられています。
これは「安いから良い」という話ではありません。
教育成果と同時に、公教育として持続可能な仕組みなのかまで研究されていることが興味深い点です。
3〜6歳の経験が、大人になってからも関係する?
さらにAMIの記事では、2025年に発表された別の研究も紹介しています。
こちらの研究対象は、18歳から81歳までの成人1,907人です。子どもの頃にどの年代でモンテッソーリ教育を経験したかと、大人になってからの心の健康や人生の充実との関連を調べました。
その結果、モンテッソーリ教育を経験した年代の中でも、特に3〜6歳の時期の経験と、成人後の人生の充実との関連が強く見られました。
また、3〜6歳の期間については、2年間経験した人より、3年間を通して経験した人の方が、成人後の「Engagement(人生への積極的な関わり)」で高い結果を示しました。
ここでいうEngagementには、自分には社会に与えられるものがあるという感覚、人とのつながり、人生の目的、成長し続けているという感覚などが含まれています。
ただし、ここは慎重に考える必要があります。
この研究は、子どもを無作為にモンテッソーリ教育と従来教育に分けて何十年も追跡した研究ではありません。成人になった人たちの過去の教育経験と現在の状態との「関連」を調べています。
研究者自身も、モンテッソーリ教育が成人後の人生の充実を直接引き起こしたとは証明できないと明記しています。家庭環境など、別の要因が影響している可能性もあります。
それでも、1,907人という集団を対象に、幼児期の教育経験と何十年も後の人生の充実との関係まで研究されていることは、とても興味深いことです。
幼児期と、思春期の心はつながっている
今回の記事で、私たちが特に考えてみたいのはここです。
3歳の子どもと15歳の子どもでは、もちろん大きく違います。
でも、自分で選ぶこと。
自分で考えること。
失敗してもやり直すこと。
誰かとの競争だけではなく、自分自身の成長を感じること。
「自分にはできる」と感じること。
こうした力は、思春期になった瞬間に突然必要になるものではありません。
幼児期から、毎日の小さな経験を通して少しずつ育っていくものです。
モンテッソーリ教育で「自立」が大切にされるのも、単に一人で服を着られる、一人で食事ができる、という意味だけではありません。
「自分の人生に、自分自身で関わっていくことができる」
そのための土台を、子どもは小さな日常の中からつくっていきます。
結局、このAMIの記事が問いかけていること
今回紹介した研究だけから、「モンテッソーリ教育を受ければ思春期の心の問題が起きなくなる」と結論づけることはできません。
不安や抑うつなどの心の問題には、教育以外にも多くの要因があります。
一方で、588人を追跡した無作為化研究では、幼稚園修了時の読解、短期記憶、実行機能、社会的理解で肯定的な結果が示されました。成人1,907人を調べた別の研究では、特に3〜6歳のモンテッソーリ経験と、大人になってからの人生の充実との強い関連が見られました。
ここからAMIが投げかけているのは、
「子どもの心の健康を考えるとき、問題が起きてからどう対処するかだけではなく、幼い頃からどのような環境で学び、自分で選び、自分の力を使ってきたのかという視点も必要なのではないか」
という問いです。
「何を教えるか」だけではなく、「子どもがどのように学び、どのように自分自身をつくっていくのか」。
100年以上前にマリア・モンテッソーリが子どもの観察から考え続けたこの問題が、現在では学力だけではなく、心の健康や大人になってからの人生の充実という視点からも研究されています。
子どもの「今」だけを見るのではなく、その子がこれから長い人生を生きていくために、教育には何ができるのか。
今回のAMI Research Threadsは、そんなことを考えさせてくれる興味深い記事です。
※この記事はAMI(Association Montessori Internationale)の公式翻訳ではありません。AMI Research Threadsおよび原著論文などの公開情報を参考に、バンビーノが日本の保護者・教育関係者向けに独自に要約・解説しています。また、モンテッソーリ教育が精神疾患を予防・治療することを示すものではありません。
参考資料
Association Montessori Internationale(AMI)
Montessori – Healthy Minds, Better Outcomes, Lower Costs
Lillard, A. S., Loeb, D., Berg, J., Escueta, M., Manship, K., Hauser, A., & Daggett, E. D.(2025)
A national randomized controlled trial of the impact of public Montessori preschool at the end of kindergarten
Proceedings of the National Academy of Sciences, 122(43), e2506130122.
Lillard, A. S., Jiang, R. H., & Tong, X.(2025)
Perfect timing: sensitive periods for Montessori education and long-term wellbeing
Frontiers in Developmental Psychology.
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