モンテッソーリケアとは? – 子どもの教育から認知症ケアへ、その誕生と世界への広がり

アン・ケリー(左)とキャメロン・J・キャンプ博士(右)。モンテッソーリケアの発展を支えた二人。※AIイメージイラスト。
モンテッソーリ教育が、認知症のある高齢者の暮らしにも生かされていることをご存じでしょうか。
モンテッソーリといえば、幼児教育を思い浮かべる方が多いかもしれません。子どもが自分で活動を選び、手を動かしながら学ぶ教育法として、世界中に広がっています。
しかし、その考え方は子どもの教育だけにとどまりません。
1990年代からアメリカでは、モンテッソーリ教育の原則を認知症ケアへ応用する研究が本格的に進められ、現在では世界各地の高齢者施設で実践されています。
さらに、マリア・モンテッソーリ自身が設立した国際モンテッソーリ協会(AMI)も、この分野を国際的に支える取り組みを展開しています。
なぜ、子どものための教育法が、認知症のある高齢者の暮らしを支える方法へと発展したのでしょうか。
その背景には、一人の心理学者の発見と、ある看護師の偶然の出会いがありました。
今回は、モンテッソーリケアとは何か、その誕生から現在までの歴史、そして日本での広がりをご紹介します。
モンテッソーリケアとは

モンテッソーリケアとは、マリア・モンテッソーリの教育理念を、高齢者や認知症のある人、障害のある人への支援に応用したアプローチです。
ただし、幼児教育の教材をそのまま高齢者に使ったり、子どもと同じように接したりすることではありません。
大切にしているのは、年齢や認知機能の状態にかかわらず、一人ひとりの尊厳を守り、その人が持っている力を生かすことです。
例えば、高齢者施設での食事の時間。
職員が料理を運び、飲み物を注ぎ、食べ終わった食器を片付ける。もちろん、必要な介助を行うことは大切です。
しかし、本人ができることまで、すべて職員が引き受ける必要があるでしょうか。
料理を自分で選ぶこと。飲み物を注ぐこと。食卓に花を飾ること。誰かのために食器を並べること。
そうした日常の小さな行為にも、自分の力を使い、生活に参加する機会があります。
モンテッソーリケアでは、本人に代わって何かをするだけでなく、その人が自分でできることを続けられるように環境を整えることを大切にしています。
これは、子どものモンテッソーリ教育で大切にされる「一人でできるように手伝って」という考え方にも通じています。
国際モンテッソーリ協会(AMI)が推進するモンテッソーリケアでは、次の4つの原則を大切にしています。
自尊心(Self-Esteem) ― 自分が大切にされ、価値のある存在だと感じられること。
自立(Independence) ― 今ある力を使って、できる限り自分で行動できること。
選択(Choice) ― 自分の生活について、自分で選び、決める機会があること。
意味のある活動への参加(Meaningful Engagement) ― 自分にとって意味のある活動や役割を持ち、人や社会と関わること。
モンテッソーリケアは、単に介護の技術を変えることではなく、本人の能力や意思を尊重するという、介護のあり方そのものを見直す考え方なのです。
映像で見るモンテッソーリケア ― アン・ケリーの取り組み
モンテッソーリケアがどのようなものなのか、まずは実際の映像をご覧ください。
ご紹介するのは、オーストラリアの看護師アン・ケリー(Anne Kelly)が登場する短編映像です。
アン・ケリーは、長年にわたり高齢者や認知症のある人々へのケアに携わり、モンテッソーリの理念を介護の世界へ広めてきた人物です。
現在は、国際モンテッソーリ協会(AMI)の高齢者・認知症ケアに関する取り組みを率いています。
この映像は、AMIとBrightVibesが共同制作したものです。
アン・ケリーが語るモンテッソーリケア。映像:Association Montessori Internationale(AMI)/BrightVibes
アン・ケリーが伝えているのは、介護する側が何でも代わりに行うことが、必ずしも本人のためになるとは限らないということです。
自分でできることを続ける。自分で選ぶ。誰かの役に立つ。
そのような機会を持つことが、自立や尊厳、そして生きる喜びにつながっていきます。
では、この考え方は、どのようにして認知症ケアの世界へ広がっていったのでしょうか。
子どものモンテッソーリ教育から認知症ケアへ ― キャメロン・キャンプ博士
モンテッソーリ教育を認知症ケアへ応用する研究を発展させた先駆者の一人が、アメリカの心理学者キャメロン・J・キャンプ(Cameron J. Camp)博士です。
キャンプ博士は、高齢者の記憶や認知機能について研究していました。
博士が初めてモンテッソーリという言葉に出会ったのは、1977年のことです。
当時、大学院生だった博士は、学習や情緒面に困難のある子どもたちの学校で働いており、そこでモンテッソーリ教材を目にしました。
その後、1983年にニューオーリンズへ移り、息子がモンテッソーリ学校に通うようになります。
博士は自分の子どもが通う学校を通して、モンテッソーリ教育の環境や教材、教師の関わり方を詳しく知るようになりました。
一方、博士が研究していた認知症では、新しい出来事を覚えたり、過去の出来事を思い出したりすることが難しくなる場合があります。
しかし、人間の記憶にはさまざまな種類があります。
出来事を意識して思い出す記憶が低下しても、長年の経験によって身についた動作や手順など、比較的保たれている能力があります。
モンテッソーリ教育では、子どもは具体的なものに触れ、実際に手を動かしながら学んでいきます。
博士は、そこに認知症ケアとの共通点を見いだしました。
モンテッソーリ教育の方法は、認知症のある人にも応用できるのではないか。
覚えられないことや、できなくなったことだけに注目するのではなく、今も使える能力を生かせるような活動や環境を考える。
1995年、キャンプ博士はオハイオ州の高齢者施設にあるマイヤーズ研究所で、モンテッソーリの原則を認知症ケアへ応用する研究を本格的に進めました。
こうした取り組みは「Montessori Programming for Dementia(MPD)」として発展していきます。
キャンプ博士が研究の始まりを振り返った論文(2010年・英語)
認知症のある高齢者が、子どもの先生になった

キャンプ博士たちの研究の中でも、特に興味深いのが、認知症のある高齢者と幼児が一緒に活動する取り組みです。
1997年、博士たちはモンテッソーリの方法を用いた世代間交流プログラムを、学術誌『The Gerontologist』で発表しました。
このプログラムでは、認知症のある高齢者と就学前の子どもたちが、一対一でモンテッソーリの活動に取り組みました。
注目したいのは、その役割です。
認知症のある高齢者が、子どもに活動を教える側になったのです。
高齢者が活動のやり方を示し、子どもがそれを見て取り組みます。必要に応じて職員や研究スタッフが支えながら、双方が参加できる環境を整えました。
この研究は、認知症のある高齢者でも、適切な環境があれば子どもを導く役割を担えることを示しました。
2007年には、認知症のある高齢者14人と、2歳半から5歳までの子ども15人が参加した研究も発表されています。
通常の施設活動と比べて、高齢者が活動に主体的に参加する時間が増えたことが報告されました。
もちろん、これは認知症そのものが改善したという意味ではありません。
しかし、認知症のある人を「何かをしてもらう人」としてだけでなく、「誰かに何かを伝えられる人」として捉える、大切な研究でした。
子どものモンテッソーリ教育では、年長の子どもが年少の子どもに活動を紹介する姿が見られます。
そのような学び合いの可能性が、高齢者と子どもの交流にも広げられていったのです。
キャンプ博士は、その後も長年にわたり、モンテッソーリの考え方を認知症ケアに生かす研究や普及活動に携わってきました。
次の動画では、博士自身がその基本的な考え方を説明しています。
キャメロン・キャンプ博士が解説する、認知症ケアに生かすモンテッソーリの原則。映像:Center for Applied Research in Dementia(CARD)
アン・ケリーを変えた、偶然の出会い
キャンプ博士の研究は、やがてアメリカ以外の国々にも知られるようになります。
その研究に大きな可能性を見いだした一人が、オーストラリアの看護師アン・ケリーでした。
アン・ケリーは、長年、高齢者施設や認知症ケアの現場で働いていました。
経験を重ねる中で、従来の介護のあり方に疑問を抱くようになっていたといいます。
高齢者の身の回りのことをすべて介護者が行えば、効率的で安全かもしれません。しかし、それによって、本人がまだ持っている能力を使う機会まで奪ってしまうことはないでしょうか。
そんな問題意識を抱いていたアン・ケリーに、思いがけない出会いが訪れます。
2000年代半ば、彼女はオーストラリアのアデレードで仕事の会議に参加していました。
ところが、帰りの飛行機を2日間確保できず、現地に滞在することになりました。
そこで、偶然開催されていた「認知症のある人のためのモンテッソーリ活動」の講座に参加したのです。
講師は、アメリカから来ていたキャメロン・キャンプ博士でした。
講座が始まってまだ午前中のうちに、アン・ケリーは、長年探し求めていた高齢者ケアの答えを見つけたと感じたといいます。
帰りの飛行機が取れなかったために参加した講座。その偶然の出会いが、アン・ケリーのその後の活動を大きく変えることになりました。
彼女が目指したのは、モンテッソーリの活動を高齢者に提供することだけではありませんでした。
高齢者施設そのものを、そこに暮らす人が自分で選び、自分の力を使い、役割を持てる場所に変えることでした。
2009年にはオーストラリアのチャーチル・フェローシップを受け、海外の認知症ケアの実践を学び、その後も研修や普及活動を続けていきます。
アン・ケリーが繰り返し伝えているのは、人には何歳になっても、朝起きる理由が必要だということです。
自分が大切にされていると感じること。自分で選べること。誰かの役に立てること。
アン・ケリーは、モンテッソーリの理念を施設の環境や職員の関わり方にも生かし、介護の文化そのものを変えることを目指してきたのです。
アン・ケリーが自身の歩みを語ったAMIインタビュー(2021年・英語)
AMIとMDDA ― モンテッソーリケアを世界へ広める取り組み
こうした研究や実践が世界に広がる中で、国際モンテッソーリ協会(AMI)も、この分野に組織的に取り組むようになりました。
AMIは、1929年にマリア・モンテッソーリ自身が設立した国際組織です。
2014年、AMIは世界各地のモンテッソーリ教育と認知症ケアの専門家を集め、諮問グループを設立しました。
このグループでは、高齢者施設における実践基準や研修プログラムなどが整備されていきました。
2021年にはアン・ケリーがAMIの認知症・高齢者ケア部門の責任者に就任。2023年には諮問グループがAMIの正式な小委員会へと再編されています。
現在、AMIでは「Montessori for Dementia, Disability and Ageing(MDDA)」という専門部門を通じて、モンテッソーリケアの国際的な普及を進めています。
MDDAとは、認知症(Dementia)、障害(Disability)、高齢期(Ageing)の人々を対象に、モンテッソーリの理念を生かした支援を広める活動です。
専門家や介護職員のための研修、実践者資格、施設認証、研究成果の共有などを行っています。
つまり、モンテッソーリケアが理念や実践を表す言葉であるのに対し、MDDAは、それを国際的に広め、実践の質を高めるためのAMIの専門部門なのです。
キャンプ博士らが認知症ケアへの応用を研究し、アン・ケリーをはじめとする実践者たちがその可能性を広げ、AMIが国際的な研修や実践基準を整えてきました。
モンテッソーリケアは、さまざまな専門家の研究と実践によって発展してきた取り組みなのです。
世界各地で実践されているモンテッソーリケア
モンテッソーリケアは、すでに世界各地の高齢者施設や認知症ケアの現場で取り入れられています。
アメリカでは、キャメロン・キャンプ博士が設立した研究機関CARDが「Montessori Inspired Lifestyle®」という独自の認証制度を展開。アメリカだけでなく、カナダやスロベニアにも認証施設があります。
オーストラリアでは、高齢者ケアを提供するBaptistCareが、モンテッソーリの原則を取り入れたケアモデルを複数の施設で実践しています。
イギリスでもモンテッソーリに基づく活動を取り入れた高齢者施設があり、ノルウェーでは専門家による実践や研修が進められています。
AMIの報告によれば、2024年には世界12カ国で350人以上がMDDAの講座を受講しました。
つまり、モンテッソーリケアは、特定の施設だけで行われている取り組みではありません。
一方、AMIが新たに設けた「MDDAグローバル施設認証」は、こうした実践について国際的な品質基準を示し、評価するための制度です。
2026年10月現在、このAMIのグローバル施設認証を取得しているのは、世界でまだ1施設です。これはモンテッソーリケアを実践している施設の総数ではありません。
そして、世界で最初にこの認証を取得したのが、日本の高齢者施設だったのです。
日本でも広がるモンテッソーリケア
モンテッソーリケアの取り組みは、日本でも広がっています。
2025年5月には、東京都羽村市の「デイサービス・ポピー」が、世界で初めてAMI MDDAのグローバル施設認証を取得しました。
ポピーは、認知症のある高齢者を支援するデイサービスです。隣接するモンテッソーリ学校の子どもたちとの交流もあり、高齢者が日常生活の活動に参加できる環境を整えています。
AMIの公式サイトでは、アン・ケリーがポピーを訪れ、高齢者と子どもが一緒にパズルに取り組む姿などを紹介しています。
また、日本国内でモンテッソーリケアの普及を進めている団体の一つが、一般社団法人日本モンテッソーリケア協会(MoCA JAPAN)です。
大阪府豊中市を拠点とする同協会は、モンテッソーリの理念を高齢者ケアに生かすための実践や研修、普及活動を行っています。
AMIのMDDAとは別の国内団体ですが、アン・ケリーを講師に迎えた養成コースを開催するなど、日本でモンテッソーリケアを学び、実践するための活動を続けています。

一般社団法人日本モンテッソーリケア協会(MoCA JAPAN)の公式サイト。国内での実践、養成コースや勉強会などの情報を発信している。出典:日本モンテッソーリケア協会公式サイト(2026年10月10日閲覧)
日本でも学べる ― モンテッソーリ認知症ケアワーカー養成コース
日本モンテッソーリケア協会では、アン・ケリーを講師に迎えた「モンテッソーリ認知症ケアワーカー養成コース」を継続的に開催しています。
2022年にはオンラインで開催され、その後は大阪大学などを会場に実施されてきました。
2026年9月12日・13日には、第5回となる養成コースが大阪大学箕面キャンパスで開催されました。
このコースでは、モンテッソーリ教育の基本原則を認知症ケアに応用する方法を学びます。
認知症のある人が持つ能力や興味をどのように生かすのか、本人が自立して生活するためにどのような環境を整えるのかなど、実際の介護に役立つ考え方を学ぶ内容です。
医療・看護・介護の専門職だけでなく、教育関係者や家庭で介護に関わる人など、モンテッソーリケアに関心のある方が受講できます。
また、所定の条件を満たすことで、AMIが発行する認知症ケアワーカーの資格証明を取得することもできます。
資格取得には会場での受講に加え、認知症のある人の観察、援助計画の作成と実践、ケーススタディーの提出などが必要です。Zoomによる聴講も可能ですが、オンライン聴講のみでは資格取得の対象となりません。
こうした専門的な養成コースが日本でも継続して開催されていることは、モンテッソーリケアを学び、実践する人々が国内でも広がっていることを示しています。
今後の開催予定や資格取得の条件については、日本モンテッソーリケア協会の公式サイトで確認できます。
アン・ケリーと一緒に学ぶ「もかの会」
日本モンテッソーリケア協会では、アン・ケリーと一緒にモンテッソーリケアを学ぶオンライン勉強会「もかの会」も開催しています。
「もかの会」は、参加者からのさまざまな質問にアン・ケリーが答えながら、モンテッソーリケアへの理解を深めていく継続的な勉強会です。
専門的な養成コースとは別に、モンテッソーリケアに関心のある人が継続して学べる機会となっています。
開催は基本的に月2回、第1・第3火曜日の18時30分から。Zoomで参加できます。
参加費は月額1,100円。アン・ケリーの都合により日程が変更になる場合があります。
かつてキャンプ博士が子どものモンテッソーリ教育から見いだした、認知症ケアへの可能性。その考え方はアン・ケリーたちによって世界へ広がり、今では日本でも学び、実践できるものとなりました。
モンテッソーリケアについてさらに知りたい方は、「もかの会」に参加してみてはいかがでしょうか。
「もかの会」は、Zoomで参加できる月2回のオンライン勉強会です。
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