相良敦子 – モンテッソーリを日本の家庭に届け、子どもの見方を変えた人

相良敦子(1937–2017)。日本にモンテッソーリ教育を広めた教育学者。※写真を参考にAIで生成したイラストです。
『ママ、ひとりでするのを手伝ってね!』、『お母さんの「敏感期」』、『親子が輝くモンテッソーリのメッセージ』。モンテッソーリ教育に関心をもち、相良敦子の本を手に取ったことのある人は多いのではないでしょうか。
なぜ、その行動を繰り返すのか。なぜ、大人の手助けを嫌がるのか。相良は、日々の子育てのなかにある疑問から、子どもの育つ姿を読み解いていきました。
大学で研究し、幼児教育の現場に関わり、教師を育てる。その一方で、専門家の間で語られていたモンテッソーリ教育を、家庭で読める言葉にして届けた人でもあります。
その歩みと著書をたどると、子どもの力を信じるとともに、子どもを見る大人も変わっていけると信じていた、相良の姿が見えてきます。
赤羽惠子から託された4冊が、出発点になった
相良は1937年10月生まれ、佐賀市出身。モンテッソーリ教育との出会いは、20代で滞在したフランスにありました。
言葉や文化の異なる場所で、自分を理解してもらえないつらさを感じていた時期。そのとき、ドイツでモンテッソーリ教師養成の研修を受けた赤羽惠子(のちに京都の「深草こどもの家」を創設)から、4冊のフランス語の本を託されます。赤羽が土産として受け取ったモンテッソーリの本で、内容を知りたいので日本語に訳してほしいという依頼でした。
読み進めるなかで心に留まったのが、大人と子どもの対立を扱った記述でした。理解してもらえずにいる子どもの姿が、当時の自分と重なったといいます。子どもはどうすれば救われるのか。そして、自分自身はどうなのか。そんな問いを抱きながら、夢中で訳していきました。
この経緯は、相良本人のインタビューに残されています。相良をモンテッソーリへと導いたのは、赤羽から届いた4冊の本と、そこに自分自身の問いを見いだした経験でした。
研究し、現場に関わり、教師を育てる
その後、相良は九州大学大学院で教育哲学を学び、博士課程を単位満期修了。滋賀大学教育学部教授や附属幼稚園長を務め、清泉女学院短期大学、エリザベト音楽大学、長崎純心大学大学院などでも教育・研究に携わりました。長崎純心大学大学院は、2016年3月に退職しています。
日本モンテッソーリ協会の理事・常任理事、日本カトリック教育学会の理事も歴任しました。また、東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンターや九州幼児教育センター、さゆり学園、長崎純心大学の教師養成にも関わっています。
大学で理論を考え、子どものいる現場で確かめ、その見方を次の教師へ伝える。一般向けの著書の背景には、こうした研究と実践、教師養成の積み重ねがありました。
また、相良は、モンテッソーリ教育で大切にされてきた経験を、脳科学の視点からも理解しようとしました。手を使うこと、自分で選ぶこと、繰り返し集中すること。
子どもの姿を観察して得られた教育の知恵を、脳の働きについての知見と照らし合わせ、なぜその経験が大切なのかを親たちに伝えようとしたのです。
2017年、カーサ・デ・バンビーニでの相良敦子の記念講演の様子。動画:カーサ・デ・バンビーニ
「ひとりでするのを手伝ってね」に込めた、援助の考え方
1985年に刊行された『モンテッソーリの幼児教育 ママ、ひとりでするのを手伝ってね!』。この題名は、相良が伝え続けた教育の姿を、短い言葉で表しています。
子どもは自分でしたい。でも、まだうまくできない。そのときに必要なのは、自分でできるようになるための手助けです。
たとえば、着替えに時間がかかっている子どもがいたとします。大人がすべて着せれば、その場は早く終わります。けれども、子どもがどこで困っているのかを見れば、必要な援助は変わります。服の向きがわからないのか、袖に手を通しにくいのか、ボタンを留める動きが難しいのか。
難しいところを見つけ、やり方を見せ、子どもが取り組める時間をつくる。相良の本は、大人の親切を、子どもの自立につながる援助へと見直す入口になりました。
子どもの「敏感期」を知ると、親の見方が変わる
1994年に刊行された『お母さんの「敏感期」』には、「モンテッソーリ教育は子を育てる、親を育てる」という副題が付いています。
モンテッソーリ教育でいう敏感期は、発達のある時期に、特定のものや活動へ強く心をひかれる時期のことです。同じことを何度も繰り返したり、物の置き場所や順番にこだわったりする姿も、この視点から見ると違って見えてきます。
大人には困った行動に見えても、子どもにとっては、自分を育てるために必要な経験かもしれない。そう理解すると、「やめさせなければ」と思っていた場面で、少し立ち止まれるようになります。
題名で「お母さん」に焦点を当てたことにも意味があります。子どもの発達を知ることは、親が子どもを見る目を育てることでもある。その変化を、相良は家庭の言葉で伝えました。
読者の「発見」が、次の本につながっていく
『お母さんの「敏感期」』の刊行後には、読者から、子どもの見方が変わったことや家庭での気づきを伝える手紙が寄せられました。そこから生まれたのが、2000年刊行の『お母さんの「発見」』です。
さらに2013年の文庫化では、その後の子どもたちの様子も加えられています。
本を読む。目の前の子どもを見直す。気づいたことを著者に伝える。その経験が、次の読者へ届いていく。
相良の著書には、こうした読者との往復があります。親たちが見つけた小さな変化も、子どもを理解するための大切な手がかりとして扱われていました。
子どもが動ける環境を、大人がつくる
1990年の共著『子どもは動きながら学ぶ――環境による教育のポイント』では、子どもの活動と、それを支える環境に目を向けています。
「自分でやってごらん」と言われても、道具に手が届かなかったり、扱うものが大きすぎたりすれば、子どもは自分で進められません。片づけを例にしても、しまう場所がわかり、そこに無理なく戻せることが、自分で取り組むための条件になります。
2006年には、池田政純・池田則子の著書『ひとりで、できた!――子どもは手を使いながら一人立ちする』を監修しました。
子どもが手を動かし、自分で確かめながら育っていく。その力を発揮できるよう、大人が環境を整える。相良が伝えたモンテッソーリ教育には、家庭や園で具体的に考えられる道筋がありました。
「もう遅い」と思う親にも、次の可能性を示す
『幼児期には2度チャンスがある――復活する子どもたち』が刊行されたのは1999年。学校での学級崩壊などが問題となっていた時代に、相良は、幼児期の経験から子どもの育ちを考えました。
本書では、0~3歳と3~6歳という幼児期の発達に目を向け、集中力や自分を調整する力、学ぶ意欲につながる経験を扱っています。
子育ての本を読んで、「もっと早く知りたかった」と感じる親は少なくありません。「2度チャンスがある」という題名には、その気持ちを受け止め、これからできることへ目を向けてもらう響きがあります。
子どもの成長を知ることが、親を責める材料になってしまわないように。相良の本には、次の関わり方を考えるための希望も込められています。
親子がともに輝くための、モンテッソーリのメッセージ
2007年に刊行された『親子が輝くモンテッソーリのメッセージ――子育ち・子育てのカギ』は、相良が家庭へ届けてきた考え方に触れられる一冊です。ここで紹介したいのは、後年の増補新版や文庫版に先立つ、この2007年版です。
子どもが何をしようとしているのか。大人は、どのようにやり方を伝えればよいのか。日々の子育てに結びつく問いを通して、子どもの自立と、大人の関わり方を考えていきます。
自分でできたときの喜びには、自分の意思で取り組み、自分の力でやり遂げたという実感があります。その過程を理解すると、大人にとっても、子どもと過ごす時間の意味が変わってきます。
題名にある「親子」が輝くという言葉にも、相良の視点が表れています。子どもの育つ力を知ることで、大人も迷いのなかに手がかりを見つけられる。書籍を通じて届けたかったものを、この題名からも感じ取ることができます。
幼児期の経験を、脳の働きとその後の人生から考える
2009年に刊行され、2016年に増補新版が出た『モンテッソーリ教育を受けた子どもたち――幼児の経験と脳』では、幼児期の経験を、その後の成長や脳の働きと結びつけて考えています。
子どもが自分で選ぶこと、大人がやり方を示すこと、活動に集中し、終わりまで取り組むこと。それらの経験を、発達や学びの仕組みから理解しようとした本です。
出版社の紹介では、1,000人のデータに基づくことが掲げられています。ただし、実践や成長の記録から読み取れることと、特定の教育法の効果を実験で証明することは、区別して受け取る必要があります。
相良がここで広げたのは、幼児期からその後の人生へと続く視点でした。自分で考え、選び、取り組む経験は、その後の人生をどう支えるのか。幼児教育を長い時間のなかで考える問いが、この本にはあります。
日々の子育てから、平和を生きる人へ
『お母さんの工夫』の2020年の文庫版には、相良の生前最後の講演録が収められました。出版社の紹介には、「平和を生きる子どもを育てる」というテーマも掲げられています。
相良が伝えたモンテッソーリ教育を考えるうえで、平和への視点は欠かせません。
子どもの思いを確かめること。自分で選び、取り組む時間を尊重すること。大人の都合だけで行動を遮らず、必要な援助を考えること。こうした日々の関わりは、一人の人間をどう尊重するかという問いにつながっています。
平和教育は、目の前の子どもにどう接するか、大人自身の振る舞いを見直すところからも始まります。
フランスで、自分を理解してもらえない苦しさを抱えていた若い相良が、子どもの立場を扱った本に心を動かされた。その出発点を思い起こすと、伝え続けてきた教育には、人が理解され、尊重されて生きることへの関心が通っていたように感じられます。
第4回ルーメル賞、そして読み継がれる著書
2017年、相良は、日本のモンテッソーリ教育への貢献に対して、第4回ルーメル賞を受賞しました。
この賞には、本連載の第1回で紹介したクラウス・ルーメル神父の名が冠されています。研究、教師養成、そして数々の著書。相良の仕事もまた、日本でモンテッソーリ教育を伝えてきた人々の歩みにつながっています。
相良は2017年6月26日に亡くなりました。2027年6月には、没後10年を迎えます。
その仕事を振り返ると、数多くの本を書いたことに加え、親の悩みや疑問に応えながら、モンテッソーリ教育を家庭に届く言葉で伝え続けたことの大きさに気づきます。子どもの行動をどう理解するか、どこまで手を貸すか、どんな環境を整えるか。日々の子育ての具体的な場面から、教育の根底にある人間観や平和への願いまでをつないできました。
SNSで子育ての情報に触れる機会が増えた今も、実践の背景にある考え方をじっくり学べる本の役割は大きいものです。子どもの成長や、そのときの悩みに応じて読み返すと、同じ文章から新しい気づきが得られる。相良の著書には、親が子どもへの理解を少しずつ深めていける言葉が残されています。
赤羽から託された4冊が、相良に新しい見方をもたらしたように、その著書も、読者と子どもとの関係を変えるきっかけになってきました。
子どもは今、何をしようとしているのだろう。そのために、大人には何ができるだろう。こうした問いを、次の世代の親たちにもわかりやすく届け続けること。その仕事の大切さを、相良の歩みはあらためて教えてくれます。
相良敦子のモンテッソーリ関連書籍
相良が執筆・共著・監修・原作に携わった、モンテッソーリ関連の書籍を紹介します。同じ作品の文庫版や増補新版は、同じ項目にまとめています。
刊行年は初刊年と紹介している版を区別して記載しています。本文のリンクには文庫版や増補新版につながるものもあります。リンク先では、中古本や検索結果が表示される場合があります。
著:相良 敦子
出版社:講談社
刊行年:1985年
子どもの「自分でしたい」という願いを、大人がどう支えるか。相良の考える援助のあり方に触れられる代表作です。
共著:相良 敦子ほか
出版社:相川書房
「生命に仕える教育」という視点から、モンテッソーリ教育を考える共著。相良の教育思想をたどるうえでも手がかりとなる本です。
著:相良 敦子、池田 政純、池田 則子
出版社:講談社
刊行年:1990年
子どもの自発的な活動を支える環境について考える一冊。家庭や園で、大人が何を用意し、どう関わるかを学べます。
著:相良 敦子
出版社:文藝春秋(文庫版)
刊行年:1994年/文庫版:2007年
子どもの行動を、敏感期という発達の視点から見つめ直す本。大人の理解が変わることで、子育ての感じ方も変わっていきます。
著:相良 敦子
出版社:講談社
刊行年:1999年
幼児期の発達と、子どもが力を発揮するための関わりを考える一冊。「もっと早く知りたかった」と感じる親にも、これからできることを示します。
著:相良 敦子
出版社:文藝春秋(文庫版)
刊行年:2000年/文庫版:2013年
読者から寄せられた気づきや実践を通して、子どもの見方と援助を考える本。文庫版では、その後の子どもたちの様子も紹介されています。
著:相良 敦子、田中 昌子
出版社:文藝春秋
刊行年:2004年/文庫版:2020年
家庭での実践を通して、大人の工夫と子どもの育ちを考える一冊。2020年の文庫版には、相良の生前最後の講演録などが追加されています。
監修:相良 敦子
著:池田 政純、池田 則子
出版社:サンマーク出版
刊行年:2006年
子どもが手を使い、自分で取り組む経験を通して育つ姿を紹介。相良は監修として携わっています。
著:相良 敦子
出版社:河出書房新社
刊行年:2007年
この記事で中心に紹介した、最初の単行本です。子どもの自立と大人の援助を、日々の子育てに結びつけて考えられる一冊。
関連する版:
増補新版(2015年)
『親子が輝くモンテッソーリの言葉――21の子育てメッセージ』(2019年・文庫版)
文庫版は2015年の増補新版をもとにしたものです。
著:相良 敦子
出版社:河出書房新社
刊行年:2009年/増補新版:2016年
幼児期の経験を、その後の成長や脳の働きと結びつけて考える本。モンテッソーリ教育を長い時間のなかで捉える視点を示します。
参考資料
- イデー・モンテッソーリ:相良敦子インタビュー(モンテッソーリ教育との出会い)
- イデー・モンテッソーリ:相良敦子インタビュー(研究・著作について)
- J-GLOBAL:相良敦子の研究者情報
- 日本モンテッソーリ協会:ルーメル賞受賞者
- 佐賀市市民活動プラザ:相良敦子講演会の案内
- 深草こどもの家・京都モンテッソーリ教師養成コースの歩み
- 紀伊國屋書店:『モンテッソーリ教育を受けた子どもたち』書誌・著者紹介
- 講談社:『ママ、ひとりでするのを手伝ってね!』
- 講談社:『子どもは動きながら学ぶ』
- 紀伊國屋書店:『幼児期には2度チャンスがある』内容・目次
- 文藝春秋:『お母さんの「敏感期」』
- 文藝春秋:『お母さんの「発見」』
- 文藝春秋:『お母さんの工夫』2020年文庫版
- サンマーク出版:『ひとりで、できた!』
- 河出書房新社:『親子が輝くモンテッソーリのメッセージ』2007年版
- 河出書房新社:『モンテッソーリ教育を受けた子どもたち』増補新版
- CiNii Books:『親子が輝くモンテッソーリの言葉』書誌情報
- 聖アンナこどもの家:相良敦子の書籍紹介
- カーサ・デ・バンビーニ:2017年オープンスクールの記録映像
-
-
2026.09.18カテゴリ / コラム モンテッソーリを伝えた人たち
相良敦子 – モンテッソーリを日本の家庭に届け、子どもの見方を変えた人
-
-
2026.09.18カテゴリ / コラム AMIトレーナーの言葉
自然遊びを「イベント」にしない。 水やり・収穫を、子どもの毎日に
-
-
2026.09.17カテゴリ / コラム AMIトレーナーの言葉
「できない」とき、すぐに手伝わないで – 毎日の暮らしで育つ「実行機能」とは?
-
-
2026.09.17カテゴリ / コラム 赤ちゃんの発達と子育て
赤ちゃんにコップはまだ早い?「自分で飲む」を育てる、小さなコップの始め方
-
-
2026.09.16カテゴリ / コラム 漫画で学ぶモンテッソーリ教育
漫画で学ぶモンテッソーリ教育|第6話 「くまちゃん、まだ。」
-
-
2026.09.16カテゴリ / コラム 世界のモンテッソーリ研究
AI時代の到来が、モンテッソーリ教育の価値にあらためて光を当てる – これから求められる力と、100年以上前から育ててきた力が驚くほど重なっている


























