カテゴリ / コラム モンテッソーリ研究を読む
一覧

刑務所で育つ子どもたちに、モンテッソーリ教育を – 母親も学ぶ、英国とメキシコの実践

メキシコ・チワワ州アキレス・セルダンの第1女子刑務所。母親と暮らす乳幼児のためのモンテッソーリ環境が整えられています。写真をもとにしたイラスト。

刑務所の中に、乳幼児のためのモンテッソーリ環境をつくる。

そして、そこで子どもと暮らす母親たち自身にも、子どもの発達や関わり方を学ぶ機会をつくる。

英国とメキシコでは、そんな取り組みが行われてきました。

対象となるのは、罪を犯した子どもたちではありません。母親が服役しているため、人生の最初の時期を刑務所の中で暮らす乳幼児たちです。

親の自由が制限されている場所であっても、子どもには、身体を動かし、探索し、人と関わり、自分でやってみる経験が必要です。

では、その環境を刑務所の中でどうつくるのか。

そして、毎日その子どものそばにいる大人を、どのように支えるのか。

モンテッソーリ教育が刑務所という環境に入ったとき、その取り組みは、単に「教具を置く」というものではありませんでした。

英国の刑務所で始まった「Born Inside」

英国では、マリア・モンテッソーリ・インスティテュート(MMI)が支援する「Born Inside」という取り組みが行われてきました。

対象となったのは、刑務所内で暮らす母親と赤ちゃん、そして妊娠中の女性たちです。

MMIで講師を務めるビヴァリー・マラーと、心理療法士パメラ・ウィンダム=スチュワートらが活動を担い、ホロウェイ刑務所やブロンズフィールド刑務所で母親と乳幼児への支援を行いました。

この活動が始まる過程には、現在AMI(国際モンテッソーリ協会)の事務総長を務めるリン・ローレンスも関わっています。

ビヴァリー・マラーは、心理療法士の友人をローレンスにつないだことが、刑務所での活動へ発展するきっかけになったと振り返っています。

最初に認められたのは、産後の母親たちと過ごす限られた時間でした。

そこで行われたのは、大がかりなモンテッソーリ教室を刑務所内につくることではありません。

赤ちゃんが床で自由に身体を動かせる場所をつくる。
小さな手で扱えるものを用意する。
動きを妨げない衣服について考える。
赤ちゃんに語りかける。
歌を歌う。
本を読む。

刑務所という多くの規則と制限がある環境の中でも、乳幼児の発達に必要な経験をできるだけ守ろうとする取り組みでした。

母親にとっての「出所」と、子どもにとっての「別れ」

Born Insideの実践の中には、モンテッソーリ教育らしい視点がよく表れている場面があります。

母親が刑務所を出る日です。

大人から見れば、出所は待ち望んでいた喜ばしい出来事です。

しかし、刑務所の中で生まれ、そこで暮らしてきた乳幼児にとっては違います。

そこは、その子が初めて知った生活の場所でもあります。

毎日会っていた人たちがいて、慣れた部屋があり、決まった生活があります。

出所とは、その子にとって、それまで知っていた世界との突然の別れにもなり得ます。

Born Insideでは、その変化を子どもの側からも捉え、母親と一緒に新しい生活への準備をしていました。

「大人にとって何が起きているか」だけではなく、「この変化を子どもはどう経験するのか」を見る。

刑務所という特殊な場所でも、中心に置かれていたのは子どもでした。

その実践は、メキシコへ

メキシコ・シナロア州マサトランのEl Castillo刑務所。ここでは、母親とともに暮らす乳幼児のためのモンテッソーリ環境づくりが進められました。写真:El Nuevo Doge / Wikimedia Commons / CC0

この刑務所での取り組みは、英国だけにとどまりませんでした。

AMIは2023年、Born Insideの経験がメキシコの刑務所での取り組みにもつながっていることを紹介しています。

メキシコでは、モンテッソーリ・メキシコと、社会的なモンテッソーリ活動をつなぐネットワーク「Horme」、刑務所で活動する団体などが協力し、刑務所内に乳幼児のための準備された環境をつくりました。

最初の実践の一つが、シナロア州マサトランの刑務所です。

ここには、乳児のためのニドと、歩き始めた幼児のためのインファント・コミュニティにあたる環境が整えられました。

教具や備品を集めるだけでなく、家具の製作には男性の収容者も参加しました。

しかし、この取り組みで特に注目したいのは、環境そのものではありません。

刑務所の中にいる女性たち自身が、モンテッソーリ教育を学んだことです。

服役中の女性たちが、AMI 0〜3歳オリエンテーションを修了

マサトランでは、子どもたちを支える担い手として、外部の教育者だけでなく、刑務所内で暮らす女性も選ばれました。

AMIの報告によれば、メキシコのマサトランとチワワでの取り組みが進む中、収容されている女性9人がAMI 0〜3歳オリエンテーションコースを修了し、自分たちのプログラムを運営するようになりました。

AMIの0〜3歳オリエンテーションは、専門教師を養成するAMIディプロマコースとは異なります。

しかし、現在の標準課程では60時間の学習と9時間の子どもの観察が組み込まれ、0〜3歳の発達、環境、大人の役割、観察、運動、言語、自立などについて学びます。

つまり、女性たちは単に、

「この部屋で子どもを見ていてください」

と頼まれたわけではありません。

なぜ待つのか。
なぜ子ども自身にやらせるのか。
どんな環境なら自分で動けるのか。
いつ手伝い、いつ手を出さないのか。

そうした子どもの発達を見るための考え方そのものを学びました。

刑務所でのモンテッソーリ実践を紹介する動画。

2023年、チワワ州の女子刑務所でも始まる

2023年7月18日、メキシコ・チワワ州政府は、アキレス・セルダンにある第1女子刑務所で、新たにモンテッソーリの取り組みを開始すると発表しました。

計画では、収容されている女性の中から4人を選び、子どもたちを支えるための研修を実施。

子どもの感覚、身体、社会性や感情面の発達を支え、子どもが自分でできるようになるための環境づくりを学ぶことが示されました。

そして、この計画は発表だけで終わりませんでした。

2025年には、研修を受けた女性4人が教育補助者として認定され、刑務所内で子どもたちを支える活動を担っていることが州政府から報告されています。

リン・ローレンスもメキシコの刑務所を訪問

英国でBorn Insideの立ち上げに関わったリン・ローレンスは、その後、メキシコの現場にも足を運んでいます。

2023年のAMI総会では、AMIの関係者とローレンスがマサトランの刑務所を訪れ、モンテッソーリ環境で過ごす子どもたちや、その活動を支える女性たちの様子を見学したことが報告されました。

さらに、母親たちとの話し合いも行われています。

母親たちが語った大きな心配の一つは、刑務所の外に出た後の子どもの未来でした。

子どもが3歳を迎えると、メキシコの制度では刑務所を離れ、親族などのもとで生活することになります。

だからこそ、刑務所の中で過ごす数年間だけを見るのではなく、その後、自分の力で新しい環境へ関わっていけるための基礎を育てることも、この取り組みの目的になっています。

2026年現在も、メキシコでは続いている

そして、この取り組みは過去の実験的なプロジェクトではありません。

2026年にも、メキシコ・チワワ州では刑務所内のモンテッソーリ環境が継続していることが確認できます。

2026年4月には、オーストラリア、ニュージーランド、チェコ、アルゼンチン、オランダなどからモンテッソーリ関係者がチワワ州の刑務所を訪れ、母親とともに刑務所で暮らす子どもたちのための取り組みを視察しました。

チワワ州公安局は、訪問者たちが、このモデルを自国でも展開することに関心を示したと報告しています。

さらに2026年には、シウダー・フアレスの女子刑務所にも、モンテッソーリの乳幼児施設が設けられています。

現地報道では、母親と暮らす子どもたちのための環境に加え、収容されている女性たちが教育補助者として研修を受けていることも伝えられました。

現地ニュース映像:
シウダー・フアレスの女子刑務所に開設されたモンテッソーリ乳幼児施設のニュース動画を見る(Facebook)

一方、英国のBorn Insideは現在再開できていない

英国については状況が異なります。

Educateurs sans Frontières(EsF)の公式ページでは、新しい規則のため、Born Insideは現在、刑務所内で活動することができないと説明されています。

活動の経験はメキシコをはじめ他国の取り組みに影響を与えていますが、英国国内での活動については、将来的な再開が望まれている段階です。

したがって、2026年現在の状況は、

英国 – 現在は刑務所内での活動を再開できていない。
メキシコ – 刑務所内のモンテッソーリ実践が継続し、さらに広がっている。

と整理するのが適切でしょう。

刑務所の中でも、子どもは育っている

刑務所には、安全上の規則があります。

自由に出入りすることもできません。使える物にも、できることにも制限があります。

しかし、その環境の中にいる乳幼児の発達は、止まって待ってくれるわけではありません。

歩こうとする。
触ろうとする。
運ぼうとする。
言葉を聞く。
自分でやろうとする。

その時期は、刑務所の外に出るまで延期することはできません。

だからこそ、英国でもメキシコでも問われたのは、

「ここで、この子の今の発達のために何ができるのか」

ということでした。

そしてメキシコでは、その答えを外部の専門家だけに求めませんでした。

子どものそばにいる女性たち自身が学び、観察し、環境を整え、子どもを支える人になっていく。

刑務所という、モンテッソーリ教育とは最も遠く見える場所に、準備された環境と大人の学びをつくる。

この取り組みは、モンテッソーリ教育が「学校の中だけの教育」ではないことを、非常に具体的な形で示しているのかもしれません。

参考資料・動画

RECENT ENTRY 一覧

2026.10.20カテゴリ / コラム モンテッソーリ研究を読む

刑務所で育つ子どもたちに、モンテッソーリ教育を – 母親も学ぶ、英国とメキシコの実践

2026.10.19カテゴリ / コラム 写真でたどる マリア・モンテッソーリの歴史

写真でたどる マリア・モンテッソーリの歴史|第4回|1920–1930年 国際運動へ -世界への広がりとAMIの誕生

2026.10.19カテゴリ / モンテッソーリ研究を読む

3歳の目線95cmから街を見ると? – Urban95と、100年前のウィーンのモンテッソーリ教育

2026.10.18カテゴリ / モンテッソーリから学ぶ子育て

お手伝いで、前より散らかる。それでも任せる意味は? ― 家事と『問題を解く力』を研究から考える

2026.10.17カテゴリ / 漫画で学ぶモンテッソーリ教育

モンテッソーリ漫画 第9話「それ、ぼくの宝物!」

2026.10.17カテゴリ / コラム 赤ちゃんの発達と子育て

赤ちゃんの鏡は、何のためにある? – 2026年の研究が示した「脳の反応」と「行動」の違い