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一枚の写真から70年後の再会へ – マリア・モンテッソーリと過ごした子どもたち

1939年11月4日。
マリア・モンテッソーリは、息子マリオとともにインド南部のマドラス、現在のチェンナイに到着しました。

目的地は、アディヤールに広大な敷地を持つ神智学協会の国際本部です。

マリアは69歳。神智学協会に招かれ、インドで教師養成を行うためにやってきました。到着の日には、敷地の入口から滞在先まで、神智学協会の学校の子どもたちが道沿いに並んで彼女を迎えたと記録されています。

1939年11月4日、インド・アディヤールに到着したマリア・モンテッソーリとマリオ・モンテッソーリ

1939年11月4日、インド・アディヤールに到着したマリア・モンテッソーリとマリオ・モンテッソーリ。神智学協会の招きによりインドを訪れた。出典:Association Montessori Internationale(AMI)/Montessori 150

当初、滞在は数か月ほどの予定でした。

しかし、ヨーロッパではすでに第二次世界大戦が始まっていました。1940年にはイタリアも参戦し、英国統治下のインドにいたマリアとマリオは「敵国人」とみなされます。マリオは一時収容され、マリアのインド滞在も当初の予定を大きく超えて長期化しました。

けれど、この予期せぬ長い滞在によって、アディヤールにはマリア・モンテッソーリと直接時間を過ごした子どもたちがいました。

そして約70年後、その子どもたちを再び結びつけたのは、一枚の古い写真でした。

一枚の写真に写っていた6人の子ども

アディヤールで6人の子どもたちの活動を観察するマリア・モンテッソーリ

インド・アディヤールで、6人の子どもたちの活動を静かに観察するマリア・モンテッソーリ。1940〜1941年。この写真は2009年に『The Hindu』の「Memories of Madras」に掲載され、約70年後の元児童探しと再会のきっかけとなった。撮影:コーエン・ウォルドリング(Coen Woldringh)。出典:Mira Debs「Montessori in India: Adapted, Competing, and Contested Framings, 1915–2021」History of Education Quarterly, Cambridge University Press/所蔵:Maria Montessori Archives, Amsterdam

写真の中央には、椅子に座ったマリア・モンテッソーリがいます。

その周りには6人の子どもたち。
それぞれがマットを広げ、自分の活動に取り組んでいます。

マリアは誰かに何かを教えているわけではありません。
ただ、子どもたちを見ています。

この写真が、2009年9月9日、インドの新聞『The Hindu』MetroPlusの「Memories of Madras」というコーナーに掲載されました。

撮影からすでに約70年。

写真に写っている6人の子どもたちは、いったい誰なのか。
今もどこかで暮らしているのだろうか。

その写真に目を留めたのが、マリア・モンテッソーリのインド時代を研究していたドイツのガブリエレ・ビンダー(Gabriele Binder)でした。

写真の中の子どもたちを探して

ビンダーは、マリアの元児童の一人であるK.V.S.クリシュナ(K.V.S. Krishna)に連絡を取りました。

すると意外なことが分かります。

クリシュナは、70年近く前に一緒に過ごした仲間のうち、12、13人ほどとはすでにつながりを保っていたのです。

そこから、さらに元児童を探すことになりました。

16人。

そして最終的には、インド国内だけでなく海外まで含め、19人の元児童の所在が分かりました。

さらに、写真に写っていた6人の子どものうち、4人が誰なのかも特定されました。

名前を失いかけていた古い写真の中の子どもたちが、一人、また一人と70年後の現在につながっていったのです。

70年後、9人が再び集まった

翌2010年。

19人のうち9人が、チェンナイのカラクシェトラ・ファウンデーションに集まりました。

マリア・モンテッソーリのもとで一緒に過ごした子どもたちによる、ほとんど70年ぶりの同窓会です。

この日の再会を取材したのが、チェンナイを拠点に活動していたジャーナリスト、ディヴィヤ・クマール(Divya Kumar)でした。

クマールは、集まった元児童たちから一人ずつ当時の記憶を聞き取り、その様子を2010年8月11日、「Memories of Maria」という記事に残しています。

そして会場には、そもそも元児童たちを探し始めるきっかけをつくったドイツの研究者、ガブリエレ・ビンダーも来ていました。ビンダーはこの日、クマールの新聞取材とは別に、元児童たちへのさらに詳しいインタビューを記録しています。

集まったのは、すでに70代になった男女。

そこへ現在のモンテッソーリ教育を受けている幼い子どもたちがやってきて、祈りの歌を歌いました。

それを見ながら、時間は1939年へと戻っていきます。

彼らもかつては4歳、5歳ほどの子どもでした。

目の前にいたのは、現在では世界中で知られる教育者、マリア・モンテッソーリ。

しかし幼かった彼らにとって、彼女は歴史上の人物ではありません。

「マダム・モンテッソーリ」。

毎日の生活の中にいた一人の大人でした。

70年たった彼らの記憶に残っていたのは、いったいどんなマリアだったのでしょう。

ケーキと、ビスケットと、赤い印

K.V.S.クリシュナが覚えていたのは、学校が始まって間もない頃、マリアが子どもたちのために開いてくれたパーティーでした。

ケーキ。
お菓子。
ろうそく。
そしてプレゼント。

クリシュナは、自分はいつもお腹を空かせていたので、できるだけたくさん取ったのだと、70年後に笑いながら振り返っています。

A.Y.ニティアナンダ(A.Y. Nithiananda)が覚えていたのは、オルコット・バンガローの一階で活動したあとに食べたビスケットでした。

そして、マリアの額。

インドで額につける赤い印「クンクマ・ポットゥ」を、マリアもつけていたといいます。

教育理論でも、教材の名前でもありません。

お菓子の味。
その人の顔。
身につけていたもの。

幼い子どもの記憶には、そんな場面が残っていました。

髪をなでながら、「バンビーノ」

同窓会には参加できなかったものの、ドイツから当時の思い出を寄せた元児童もいました。

S.パドマナバン(S. Padmanabhan)です。

パドマナバンが覚えていたのは、マリアが自分の髪をくしゃくしゃとなでながら、「バンビーノ」と呼んでくれたことでした。

そして復活祭の頃になると、チョコレートの卵がたくさんあったこと。

妹のR.シヴァカミ(R. Sivakami)は、マリアの誕生日に花輪をかける役に選ばれたことを覚えていました。

22人の子どもの中から自分が選ばれたことを、70年後になっても誇らしそうに話しています。

しかしシヴァカミの記憶には、もう一つ印象的なマリアの姿がありました。

ある日は少し高い場所に座り、子どもたちの活動を見ている。

またある日は、子どもたちのすぐそばまで来て座り、静かにその様子を観察している。

彼女が覚えていたのは、「教えているマリア」よりも、「子どもを見ているマリア」でした。

冒頭の写真を見ると、その記憶と重なるような光景があります。

6人の子どもたちは、それぞれ自分の活動をしています。
その中央にマリアはいますが、子どもの手を取ることも、活動を止めることもありません。

ただ、見ています。

少年が覚えていた、マリアの涙

同窓会で最年長だったP.K.プラバカール(P.K. Prabhakar)には、ほかの人とは少し違う記憶が残っていました。

マリア・モンテッソーリが泣いた姿です。

第二次世界大戦中、イタリアが英国と戦争状態に入ったことで、息子のマリオ・モンテッソーリは英国当局によって収容されました。

マリオは幼いプラバカールをかわいがり、「パイヤ」と呼んでいたそうです。

あるとき、マリアがマリオを訪ねる際、プラバカールも連れて行ってもらいました。

久しぶりにマリオの姿を見つけた少年は、うれしくなって駆け寄り、手を伸ばします。

すると、警備にあたっていた軍曹が少年を警棒で叩きました。

その瞬間、マリアが泣き出したとプラバカールは語っています。

そして、子どもを叩いてはいけないと抗議しました。

オルコット・バンガローへ戻ったあと、マリアは少年にチョコレートを渡し、もう同じようなことをされないようにすると約束したそうです。

プラバカールは70年後、この出来事を振り返り、マリアから学んだこととして、他者を思うことの大切さを語っています。

まるで、昔の教室に戻ったように

同窓会に集まった9人は、単なる「昔のクラスメート」ではありませんでした。

互いの家族を知り、共通の友人を知り、冗談を言い合い、時には子どもの頃のように言い合う。

プラバカールは、その理由を「ほとんどみんなが神智学協会のコミュニティで育ったので、私たちは一つの家族のようなものだった」と説明しています。

70年の時間が過ぎても、その関係は完全には失われていませんでした。

この日、ガブリエレ・ビンダーも会場に参加し、元児童たちへのインタビューを記録しました。

記事を書いたジャーナリスト、ディヴィヤ・クマールは翌年、読者から「もっとインタビューを読むことはできないのか」と尋ねられています。

それに対してクマールは、この集まりについてほかの新聞記事はおそらく存在しないこと、そしてビンダーがマリアのインド時代に関する研究の一環として、元児童たちにより詳しいインタビューを行っていたことを説明しています。

残念ながら、現在のところ、その詳細なインタビューの録音や全文が一般公開されている場所は確認できていません。

だからこそ、2010年の記事に残された一人ひとりの小さな記憶は、いっそう貴重な記録になっています。

子どもたちは、何を覚えていたのか

この同窓会の記録を読み進めていくと、興味深いことに気づきます。

彼らは、モンテッソーリ教育の理論をほとんど語っていません。

当時4歳や5歳だったのですから、それは当然なのかもしれません。

けれど、だからこそ、その記憶は面白いのです。

ケーキをくれたこと。
ビスケットを食べたこと。
額に赤い印をつけていたこと。
髪をなでてもらったこと。
「バンビーノ」と呼ばれたこと。
静かに自分たちを見ていたこと。
そして、自分が傷つけられたとき、自分のために泣いてくれたこと。

それが、70年という時間を越えて子どもたちの中に残っていた、マリア・モンテッソーリでした。

一枚の写真から戻ってきた名前

同窓会の日。

暑かった午後は、やがて雨の降る夕方へ変わりました。

9人は一人、また一人と帰っていきました。

その70年前、彼らは同じ場所で小さな子どもとして過ごしていました。

そして2009年、一枚の古い写真が新聞に掲載されなければ、この再会もなかったかもしれません。

写真の中で名前を失いかけていた6人の子ども。

その一枚から人を探し始め、19人の所在が分かり、写真の4人に再び名前が戻りました。

マリア・モンテッソーリは1952年に亡くなっています。

もう本人に、あの頃の子どもたちについて尋ねることはできません。

けれど、子どもたちの側には、彼女との時間が残っていました。

教育者が子どもの中に残すものとは、何なのでしょう。

それは、教師が一生懸命に教えた内容だけではないのかもしれません。

自分が、その人の前でどのように扱われたのか。
自分を、どのように見てもらったのか。

一枚の写真から70年後に再びつながった子どもたちの記憶は、そのことを静かに伝えています。

参考資料

Divya Kumar「Memories of Maria」
2010年8月11日。約70年ぶりの同窓会を取材した記事。本記事で紹介したK.V.S.クリシュナ、A.Y.ニティアナンダ、P.K.プラバカール、R.シヴァカミ、S.パドマナバンらの証言、19人の元児童を探し出した経緯、ガブリエレ・ビンダーによるインタビュー記録について掲載。

Association Montessori Internationale/Montessori 150「On This Day: 4 November 1939」
マリア・モンテッソーリとマリオ・モンテッソーリが1939年11月4日にアディヤールへ到着した際の記録。

Mira Debs「Montessori in India: Adapted, Competing, and Contested Framings, 1915–2021」
『History of Education Quarterly』Volume 62, Issue 4、Cambridge University Press、2022年。インドにおけるモンテッソーリ教育の歴史と、マリア・モンテッソーリのインド滞在を検証した研究。本記事に掲載したアディヤールの写真はFigure 3として収録されている。

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