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天才はつくれない、とマリアは言った。それでも「天才教育」はよく売れた。

モンテッソーリ教育は、いつから「天才を育てる教育」になったのでしょうか。

「才能を伸ばす」モンテッソーリ教育の本が売れている

日本で出版されているモンテッソーリ教育の関連書籍を見ていると、気になることがあります。

「天才」「才能を伸ばす」「6歳までに」「成功する子ども」。

こうした言葉を前面に打ち出した書籍が目立ち、しかも実際に大きな販売実績を残しているのです。

例えば、2022年2月に公表された資料では、子どもの才能を伸ばすことをうたったモンテッソーリ関連書籍のシリーズ累計が15万部を突破しています。

また、別の出版社が2023年1月に発表したモンテッソーリ関連シリーズの累計部数は、22万部に達していました。

いずれも単独の書籍ではなくシリーズの累計であり、発表時期も異なります。また、モンテッソーリ関連書籍全体の販売ランキングが公表されているわけではないため、これらが最も売れた本だと断定することはできません。

しかし、子どもの「才能を伸ばす」ことを強調した書籍が、十数万部から20万部を超える規模の実績を持つことは確かです。

日本には、マリア・モンテッソーリ自身の著作をはじめ、子どもの発達や教育思想を丁寧に伝えてきた良書も数多くあります。

それでも、才能や能力の開発を前面に打ち出した書籍が、これほど大きな商業的成功を収めているという事実は、考えさせられるものがあります。

なぜなら、モンテッソーリ教育は、そもそも子どもを天才にしたり、将来の成功者に育てたりすることを目的とした教育ではないからです。

では、マリア・モンテッソーリ自身は、子どもの才能についてどのように考えていたのでしょうか。

マリア・モンテッソーリは「天才をつくることはできない」と述べていた

マリア・モンテッソーリは、著書『吸収する精神』(The Absorbent Mind)の中で、次のように述べています。

「例えば私たちは、天才や将軍、芸術家をつくることはできません。」

そして、大人にできるのは、その人が自分自身の可能性を実現できるよう援助し、発達を妨げるものを取り除くことだと説明しています。

この言葉は、北米のモンテッソーリ教師養成機関North American Montessori Center(NAMC)でも、同書からの引用として紹介されています。

天才をつくることはできない。

現在の「天才を育てるモンテッソーリ教育」という宣伝文句とは、対照的な言葉ではないでしょうか。

マリアが生涯をかけて研究したのは、子どもが自ら成長・発達していく法則でした。

1907年、ローマのサン・ロレンツォ地区に開いた最初の「子どもの家」も、優秀な人材を養成するための場所ではありませんでした。

そこでマリアが発見したのは、子どもが自分で活動を選び、繰り返し、深く集中する姿でした。

子どもは、大人に一方的に教え込まれることによってではなく、環境と関わり、自ら活動することによって自分自身を形成していく。

大人の仕事は、その発達を観察し、必要な環境を整え、子どもの自立を援助することです。

AMI(Association Montessori Internationale:国際モンテッソーリ協会)が大切にしている「Aid to Life(生命への援助)」という考え方も、ここにつながります。

もちろん、モンテッソーリ教育によって集中力や思考力、さまざまな能力が育つことはあります。学習面や学習以外の発達に肯定的な効果があることを報告した研究もあります。

しかし、子どもの発達の結果として能力が育つことと、大人が望む能力を獲得させることを教育の目的にするのは、まったく違う話です。

モンテッソーリ教育は、大人が望む「優秀な子ども」をつくる方法ではありません。

一人ひとりの子どもが、自分自身の力で発達していくことを援助する教育なのです。

海外で生まれた「モンテッソーリ・マフィア」という成功者の物語

では、なぜモンテッソーリ教育が「成功する子どもを育てる教育」として知られるようになったのでしょうか。

その背景の一つに、海外の著名な成功者たちを取り上げた報道があります。

2004年、Googleの共同創業者ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、米国のテレビインタビューで幼少期に受けたモンテッソーリ教育について語りました。

ペイジが振り返ったのは、決められた指示に従うのではなく、自分から行動し、疑問を持ち、人とは違う方法を試してみる姿勢でした。

そして2011年4月、米国の経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルに「The Montessori Mafia(モンテッソーリ・マフィア)」という記事が掲載されます。

Googleの創業者たちに加え、Amazonのジェフ・ベゾス、Wikipediaのジミー・ウェールズ、ゲームデザイナーのウィル・ライトなど、モンテッソーリ教育を経験した著名人が取り上げられました。

もともとの記事は、子どもの好奇心や創造性を大切にする教育に注目したもので、単純な英才教育の推奨ではありませんでした。

しかし、「Googleの創業者が受けた教育」「Amazonの創業者が受けた教育」という紹介は、非常にわかりやすく、多くの人の関心を引きます。

こうして、モンテッソーリ教育は世界的な成功者たちと結びつけて語られるようになりました。

ただし、ここには大きな論理の飛躍があります。

成功した人がモンテッソーリ教育を受けていたことと、モンテッソーリ教育を受ければ成功することは、まったく別の話です。

幼少期の教育経験だけで、その後の人生の成功を説明することはできません。

2017年、藤井聡太ブームが日本にもたらしたもの

2017年、日本でもモンテッソーリ教育が大きな注目を集める出来事がありました。

将棋棋士・藤井聡太さんの活躍です。

当時14歳だった藤井さんは、公式戦29連勝という新記録を達成。その並外れた集中力に注目が集まる中、幼少期にモンテッソーリ教育を受けていたことが大きく報じられました。

2017年6月27日の日刊スポーツは、「藤井四段の集中力育てた『モンテッソーリ教育』」という見出しで紹介しています。

報道で印象的だったのは、幼い藤井さんが画用紙を編んでつくる「ハートバッグ」に夢中になり、何度も繰り返していたというエピソードです。

子どもが自分で選んだ活動に集中し、満足するまで繰り返す。これは、モンテッソーリ教育が大切にしている子どもの姿そのものです。

しかし、その経験が「あれほど集中力のある天才棋士になった理由」として語られると、教育の意味は変わってしまいます。

大切なのは、ハートバッグをたくさんつくったことではありません。自分の意思で選んだ活動を、満足するまで繰り返すことができたという経験です。

集中力をつけさせるために繰り返させるのではなく、子どもが自ら繰り返す中で集中が生まれるのです。

藤井さんの活躍によって、モンテッソーリ教育の知名度が大きく高まったことは、普及に携わる教師たちにとっても喜ばしい出来事だったでしょう。

しかし同時に、「モンテッソーリ教育は天才を育てる教育なのだ」という印象が広がるきっかけにもなりました。

「成功する子どもを育てる教育」が商品になっていった

藤井聡太ブームの前後から、日本では家庭向けのモンテッソーリ教育関連書籍が次々と出版されます。

そこで目立つようになったのが、「才能を伸ばす」「集中力を高める」「将来の成功につながる」といった言葉です。

子どもの可能性を伸ばしたいという保護者の願いは、自然なものです。

だからこそ、そうした期待に応える宣伝は、読者の関心を集めやすいのでしょう。

しかし、モンテッソーリ教育を「子どもの能力を伸ばすための方法」として売り出すことには、危うさがあります。

本来、モンテッソーリ教育を理解するためには、子どもの発達を学び、観察し、環境を整え、大人自身の関わり方を見直す必要があります。

ところが、「この方法で才能が伸びる」「集中力が高まる」という説明なら、読者には期待できる成果がすぐに伝わります。

子どもの発達を援助する教育が、子どもの能力を伸ばすための商品として売られるようになる。

そして、大きな販売実績を残した書籍の宣伝表現が、さらに似たような本や紹介記事に影響を与えていくことも考えられます。

実際、日本モンテッソーリ協会が2021年に発行した機関誌『モンテッソーリ教育』第53号でも、この問題が指摘されています。

そこでは、藤井聡太さんら著名人の活躍によって知名度が上がったことを評価しながらも、「できる子を育てる」といった英才教育の側面ばかりが注目されていることへの懸念が示されています。

また、人格形成や平和といったモンテッソーリ教育の理念が、十分に伝えられていないという問題提起も紹介されています。

広く知られることと、正しく理解されることは、必ずしも同じではないのです。

コロナ禍で広がった「家庭でできるモンテッソーリ教育」

さらに2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、多くの家庭の生活が変わりました。

学校の休校や外出自粛が続き、家庭でできる学習や教育への関心が高まります。

出版取次大手の日販によると、2020年度の新学期商戦では、小学生向け学習参考書の売上が前年を大きく上回るなど、自宅学習需要の拡大が見られました。

こうした時期に、「家庭でできるモンテッソーリ教育」という提案は、保護者にとって魅力的だったことでしょう。

もちろん、家庭でモンテッソーリ教育の考え方を取り入れること自体は、とても良いことです。

子どもが自分で身支度できる環境を整える。食事の準備に参加できるようにする。興味を持った活動を、満足するまで繰り返せるようにする。

こうした日常生活の中にも、子どもの発達を援助する機会は数多くあります。

しかし、それらが「集中力をつける」「才能を伸ばす」といった成果を得るための方法としてばかり紹介されると、本来の目的は見えにくくなります。

家庭でも教室でも、モンテッソーリ教育の基本は変わりません。

大人が望む成果のためではなく、子ども自身の発達を援助するために環境を整えるのです。

「天才教育」が売れた、その先に

「天才を育てる」「才能を伸ばす」。

こうした言葉によって、モンテッソーリ教育が多くの人に知られるようになったことは事実でしょう。

しかし、その伝え方には、やはり疑問が残ります。

本来の教育目的とは異なるイメージであっても、読者の関心を引き、本が売れるのであれば、その表現が繰り返し使われていく。

もしそうした商業的な判断が優先されているとしたら、モンテッソーリ教育の名前が、販売のために利用されていることにならないでしょうか。

もちろん、著者や出版社がどのような意図で言葉を選んだのかは、外部から断定できません。宣伝文句だけで、書籍の内容すべてを否定することも適切ではないでしょう。

しかし、「売れる言葉」として使われた表現によって、教育の本来の目的が誤って伝わるのであれば、その影響を軽く考えることはできません。

たとえモンテッソーリ教育について学び、何らかの資格を持っていたとしても、その人が伝える教育の目的が、マリア・モンテッソーリの思想と一致しているかどうかは、別に考える必要があります。

そもそも、マリアが目指したのは、子どもを他者より優秀な人間に育てることでも、将来の社会的成功を約束することでもありませんでした。

子ども自身が持つ発達の力を信じ、一人ひとりが自立し、自分の意思で行動し、他者とともに生きていけるよう援助することでした。

そして、その教育の先には、平和な社会を築くという大きな願いがありました。

AMIも、モンテッソーリ教育における平和教育は、特別な教科として付け加えるものではなく、日々の教育そのものに根ざしていると説明しています。

自分で考え、自分で行動すること。自分とは異なる他者を尊重し、協力して生きていくこと。

こうした人間の発達を支える教育を、単なる「天才を育てる方法」として紹介してしまってよいのでしょうか。

モンテッソーリ教育に興味を持った方には、ぜひ、本のタイトルや宣伝文句だけで判断しないでほしいと思います。

その本は、子どもの能力を大人が伸ばすことばかりを語っていないでしょうか。子ども自身の活動や自立、人格の発達、そして教育の目的を丁寧に伝えているでしょうか。

できれば、マリア・モンテッソーリ自身の著作や、その思想を誠実に伝えている本にも触れてみてください。

そこには、「将来成功する子どもを育てる」という発想とは異なる、モンテッソーリ教育の姿があるはずです。

子どもを「成功する人間」にするためではなく、子どもがその子自身として育ち、他者とともに生きていくために。

マリア・モンテッソーリが大切にした教育の本来の姿を、「売れる言葉」の陰に埋もれさせてはいけないと思うのです。

参考資料

マリア・モンテッソーリの教育思想・AMI関連
・Maria Montessori, The Absorbent Mind(『吸収する精神』)。「天才をつくることはできない」という記述については、North American Montessori Centerの引用・解説も参照。本文の日本語は英文に基づく訳。
・AMI「Vision」(教育を生命への援助と捉える思想、平和教育について)
・AMI「Education for Peace」
・AMI「On this Day: First Casa dei Bambini」(1907年、最初の「子どもの家」について)
・Campbell Systematic Reviews(2023年)(モンテッソーリ教育の学習面・非学習面への効果に関するシステマティックレビュー)

海外の成功者報道・日本での普及
・「The Montessori Mafia」, The Wall Street Journal(2011年4月5日)
・Forbes「Is Montessori The Origin Of Google And Amazon?」(2011年8月2日)
・AMI「The Business of Montessori」(2025年7月2日)
・日刊スポーツ「藤井四段の集中力育てた『モンテッソーリ教育』」(2017年6月27日)
・日本モンテッソーリ協会『モンテッソーリ教育』第53号(2021年)、30頁。「できる子を育てる」といった英才教育への注目と、人格形成・平和の理念についての問題提起。

コロナ禍の出版市場
・日販通信「withコロナで新学期商戦が変わる!? ~Stay HomeからStudy Homeへ~」(2020年12月7日)

※書籍の累計部数は公表時点のシリーズ全体の数字であり、単独書籍の実売部数やモンテッソーリ関連書籍全体の販売順位を示すものではありません。また、出版市場での成功と教育に対する誤解の広がりとの因果関係を直接検証した統計は確認できていません。本記事は、公表された販売実績や宣伝表現を手がかりに、モンテッソーリ教育の伝えられ方を考察したものです。

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